拾ったストーブでしのいだ寒さ 生活保護費巡る訴訟、原告男性の憤り

白見はる菜
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 2013年以降の生活保護基準額の引き下げは、生存権を保障した憲法25条に反するなどとして、京都府内の受給者42人が減額決定の取り消しを求めた訴訟の判決が14日、京都地裁で言い渡される。基準額の改定に国の裁量の逸脱があったかが争点だ。同様の訴訟は全国29地裁で30件起こされているが、これまでに判決が出た4地裁の判断は分かれており、京都地裁の判決にも注目が集まる。

 引き下げられたのは、生活保護費のうち、衣食費や光熱費といった生活に不可欠な費用にあたる「生活扶助費」の基準額。国は、「08~11年に、4・78%の物価下落(デフレ)があった」とする厚生労働省の算定に基づき、下落率を基準額に反映させる「調整」を行った。引き下げは13年8月から15年4月の3回にわたり、計670億円を削減。削減幅は平均6・5%、最大10%となり、戦後最大の引き下げになった。

 原告側は、原油価格の高騰で一時的に物価が上がった08年を起算点にしたことなどを問題視。「恣意(しい)的な判断過程であり、行政裁量を逸脱した引き下げだった」と主張する。

 一方国などの被告側は、08年のリーマン・ショックなどの影響で賃金や物価、消費が落ちたのに基準は据え置かれていたため、08年以降の経済情勢を反映させる必要があったと反論。「判断に誤りはなく、裁量権の範囲内」などと主張している。

 今年2月の大阪地裁では、引き下げは裁量権の逸脱で違法だと認定し、減額決定を取り消した。だが、名古屋、札幌、福岡の3地裁では、原告の請求が棄却されている。

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 「引き下げが続き、国民の命が保障されていないように感じる」。京都市中京区で一人暮らしをする原告の男性(66)は、怒りを込めてそう話した。

 滋賀県で生まれ、就職のため10代で京都に移り住んだ。印刷会社に勤めていたが、30歳のときに1型糖尿病を発症。病気の影響で意識が低下することがあり、仕事が続けられず職を転々とした。50歳のときに勤めていた会社は、2週間の入院を理由に解雇された。

 退院後にはアルバイトもしたが、仕事中に倒れ、年齢や病気を理由に再就職は難しかった。そのため、生活保護を受給し始めた。現在は、月約11万7千円の年金と生活保護費で暮らす。3回の引き下げで年間1万5千円ほど、生活保護の受給額が下がったという。

 男性は、病気の治療のため、毎食に必要な摂取カロリーが決められている。食事を抜き低血糖で倒れたこともある。だが、生活保護費の減額で食費を切り詰めざるを得ず、1日に500円までしかかけられない。主治医から「野菜を食べて」と言われているが、食パンなど、低価格でカロリーが高い炭水化物に偏るという。

 自宅のストーブは廃棄されていたものを拾ってきて使う。エアコンは大家が「暑さで死んだらあかん」と、格安の3万円でつけてくれた。「今回だけでなく、この先どんどん生活保護費が引き下げられるのではないか」との不安はぬぐえない。

 男性は「自分の生活が苦しくなるまで生活保護の存在すら知らなかったが、誰にでも起こりうる。色んな事情で働けない人もいる。誰もが社会から分断されず、安心して暮らせる社会であってほしい」と話す。(白見はる菜)