野村萬斎さんが再現 狂言とシェークスピアの「声」の違いって?

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刀祢館正明
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 狂言師でありつつ、シェークスピア劇もしばしば演じてきた野村萬斎さん(55)。今年は、シェークスピアの喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」を狂言にした「法螺侍(ほらざむらい)」を上演しました。狂言とシェークスピアにはさまざま共通項がありながら、逆方向とも言える違いがある、といいます。萬斎さんが、あの有名なセリフを狂言版とシェークスピア版で演じ分けながら、そこに見える「人間像」について語ります。

リレーおぴにおん 「声を感じて」

 私はこれまで、シェークスピア劇では「ハムレット」や「マクベス」などに出ています。今年6月には「ウィンザーの陽気な女房たち」を現代狂言にした「法螺侍」を、東京の世田谷パブリックシアターで30年ぶりに上演し、私は酒好きで女好きの主人公・洞田(ほらた)助右衛門(すけえもん)(原作ではフォルスタッフ)を演じました。

 実は、狂言とシェークスピア劇には共通点がいくつもあります。狂言は中世までさかのぼれますし、シェークスピアも中世から近世にまたがった劇作家という認識があります。

 狂言を演じる能舞台も、シェークスピア時代の舞台も、同じように柱があって屋根があって、正方形の舞台がある。基本的にほとんど同じ構造をしていたんですね。

 両者ともかつては照明も音響もありませんでした。演じている場面が朝なのか夜なのか、季節はいつか、暑いのか寒いのか、すべて言葉で、つまり声で表します。そこに一番の近似値があるのではと思います。

 しかも、どちらも口語体でしゃべる、韻を踏むなど、様式的な文語体の文章を口にする。そのときに「謡う」とか「語る」という技術が、狂言師の我々にはあります。またシェークスピア劇には、亡霊やら魔女やら妖精やら、人間以上の存在、あるいは人間とは違った存在が多く出てきます。これも我々は得意です。そういった存在を表す専門が、実はお能だったり狂言だったりするのです。お能は亡霊専門の演劇、と言ってもいいぐらいですから。

 ただ、大きな違いもあります。

インタビュー動画の本編では、「ハムレット」の有名なセリフ「生きるべきか、死ぬべきか」を、萬斎さんが狂言バージョン、シェークスピア劇バージョンで実演。その背景を読み解きます。また記事の後半では、狂言とシェークスピアの「声」の違いから見えてくる、人間の「自我」の誕生や、「お客」との関係性について語ります。

 まず、シェークスピア劇は狂…

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