「勧善懲悪」掲げる謎の機関 抑圧の象徴か、正義の味方か

有料会員記事アフガニスタン情勢

聞き手・笠原真
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 アフガニスタンで権力を握ったイスラム主義勢力タリバンが今月、暫定政権の樹立を宣言しました。発表された中で、ひときわ目を引いたのが「勧善懲悪省」の存在です。イスラム教の教えを人々が守っているかを取り締まる役割で、1996~2001年の旧タリバン政権下では女性の権利などを厳しく制限したとして、国際的な批判を浴びました。

 今回、タリバンが「復活」させたこの勧善懲悪省は、どのような存在なのでしょうか。再び抑圧の象徴になるのでしょうか。「イスラーム宗教警察」(亜紀書房)や「宗教と風紀」(岩波書店)の著書がある中東調査会の高尾賢一郎研究員に聞きました。

ルール違反、監視して罰する

 ――「勧善懲悪省」とは何をする組織なのですか。

 勧善懲悪という思想は、聖典コーランや預言者ムハンマドの伝承にも出てくるイスラム教の教えの一つです。元のアラビア語を直訳すると「善を命じて悪を阻止する」となり、これが日本語の「勧善懲悪」という言葉として定着しました。つまりイスラム教の教えにのっとった生活を命じ、それに対する違反を阻止することです。わかりやすい例で言えば、義務である礼拝や、飲酒や売買春の禁止といったルールを人々が守っているかどうかを監視し、違反があれば罰して正します。「社会の秩序を守る公的な組織」と言えるため、警察の役割と似ていますが、根幹にあるのはあくまでもイスラム教のルールです。

 ここで問題となるのは、誰が善を勧め、悪を阻止するのかという点です。本来こうした教えを命じているのは「神」ですが、人々が守っているかを確認することは人間が担わなければいけません。自分が教えを守るのは当然で、他の人も守っているかどうかを人間同士で見ていなさい、ということなのです。

かつて国際社会から批判されたタリバンの勧善懲悪省。しかし今後は取り締まりが緩められる可能性があると、高尾さんは指摘します。記事後段で説明します。

 ――人間は誰もが完璧に教えを守れるわけではないという前提から、取り締まる存在が必要になるのですね。

 人間には自由な意思が与えられています。神の教えに従うかどうかも、結局は個人の自由なのです。飲酒する人もいれば、礼拝をさぼる人もいる。人は過ちを犯すということが前提にあります。

 他の人に教えを守らせるには、力が必要です。例えば酒を飲んでいる男性を女性が注意すれば、力ずくで反撃されてしまうかもしれません。また、違反かどうか微妙な場合に正しい判断をするには知識が必要です。勧善懲悪の実践は誰にでもできるわけではなく、知識や能力に加えて権力も併せ持つ政府機関が主導しないといけないという考えから、勧善懲悪省という機関ができるのです。

■旧政権時と異なる点も…

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