米沢牛の恩人「C.H.ダラス通り」今秋誕生 米沢市

石井力
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 地域ならではの食品のブランドを守る国の地理的表示保護制度(GI制度)にも登録されている「米沢牛」。その「恩人」とされるチャールズ・ヘンリー・ダラスの名前を冠した「C・H・ダラス通り」が今秋、山形県米沢市内の中心部に誕生する。ダラスが語学教師として米沢に来てから、150年になることを記念、市は「さらなる米沢牛のPRや観光スポット化につながる」と期待している。

 ダラスは英国出身で、貿易商として1864年ごろに来日。71(明治4)年、米沢藩の旧藩校、興譲館洋学舎に語学教師として招かれた。米沢産の牛肉が「美味だった」とし、任期を終えて75(同8)年に米沢を離れ横浜に向かった際、土産として米沢の牛を連れて帰り、居留地仲間に振る舞ったところ、そのおいしさが評判になったという。これが、米沢牛の名声のきっかけになったとされ、今も「米沢牛の恩人」と呼ばれている。

 洋学舎の所在地は現在、市の文化複合施設「ナセBA」になっていることから、ナセBAから市民文化会館までの市道・文化会館東通り線の約108メートルを愛称として「C・H・ダラス通り」と命名する。今秋、民間団体が中心になり記念イベントが開催される予定で、その際に命名するという。イベントに合わせ、通り名のプレートを3カ所に設置する予定だ。(石井力)