「振り向くな」走る生徒、迫る火砕流 雲仙・普賢岳、元教頭の証言

有料会員記事

小川直樹
[PR]

 雲仙・普賢岳火砕流によってふもとの大野木場小学校(現長崎県南島原市深江町)の旧校舎が焼失して、15日で30年を迎えた。43人の犠牲者が出た1991年6月の大火砕流は校舎をかすめ、3カ月後の火砕流で学びやが失われた。当時教頭だった高柳忠昭さん(78)は、災害の記憶を語り続けている。

 パチパチ、バンバン。停電後、異常な音が外で鳴り始めた。高柳さんが職員室からスリッパのまま校庭に飛び出すと、校舎の4、5倍の高さがあろうかという黒煙が空を覆っていた。

 校舎には下校前の高学年約40人。「振り向くな」。そう子どもたちに呼びかけて敷地外に走らせ、迎えにきた保護者の車に乗れるだけ乗せた。近くの小学校に避難した児童や保護者の顔は一様に青ざめていた。

 43人の犠牲者が出た91年…

この記事は有料会員記事です。残り866文字有料会員になると続きをお読みいただけます。