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相次ぐコロナ自宅療養死 支援センター機能不全で何が

新型コロナウイルス

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 新型コロナウイルスに感染した患者の容体急変は、いつでも起き得る。亡くなる人が出ないように、自治体も医療機関も細心の注意を図っている。でも、埼玉県では防げたかもしれない命が失われた。

健康観察 依頼途絶え

 埼玉熊谷市にある熊谷生協病院の事務次長、野村健二さん(39)は8月に入り、おかしいなと感じた。新型コロナウイルスの感染者が増え始めた7月以降、地元の医師会を通じて軽症の自宅療養者の健康観察の依頼が続いていたのに、ぴたりと来なくなった。

 病院でみている感染者には、毎日の健康観察の電話を面倒がって嫌がる人も若い世代に多い。だが、「なんの症状もないから電話はいらない」と断りながら、翌日になって「具合が悪い。やっぱりみてください」と慌てて連絡してくる患者もいた。

 医療機関に感染者をつないだのは、県が設置した宿泊・自宅療養者支援センターだ。野村さんは医療機関向けの専用電話として五つの番号を知らされていたが、いつかけてもつながらなかった。

 次々と増える患者をそのままにはしておけない。県からの依頼を待たず、病院で診察した患者の健康観察を医師がオンライン電話で引き受けた。多いときは1日6人に上った。

 だがそのころ、異変はすでに始まっていた。

委託会社の業務逼迫

 センターの業務を県から請け負ったのは、東京にある訪問看護会社だった。7月7日から看護師約20人と事務職約10人で健康観察などの業務を始めた。最大1050人の対応人数を想定した。11日後の18日には視察に来た県の担当者に「どこまで増えるのでしょうか」と不安を伝えた。その2日後、県内の自宅療養者の人数は1千人を超えた。

 県が定めた「運営業務委託仕様書」によると、具体的な業務内容は約40項目と多岐にわたる。「保健所から患者の情報を受け、患者情報の確認を行うとともに、新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER―SYS(ハーシス))に入力を行うこと」から始まり、続いて「全ての自宅療養者等について、患者名、HER―SYSID、発症日、就業制限の解除予定日、担当医療機関名と療養期間中の健康観察担当者等が明記されたリストを作成し健康観察被実施者の状況を常に明らかにしておくこと」。

 「軽症またはリスク要因のある患者」については、健康観察を依頼する協力医療機関を選び、「無症状でリスク要因のない患者」に関しては「1日2回の健康観察を行うこと。また、健康観察結果については、HER―SYSに入力すること」と明記されている。

 最初は看護師らが直接、健康観察の電話をかけていた。だが、途中から全員には無理だと判断。26日に県と協議し、直接電話をかける対象を高齢者や症状がある人に限り、それ以外は主にHER―SYSの自動音声電話を使うことにした。

 7月末にはセンターが受け持つ対象者は想定の3倍の3千人になっていた。「すべての業務が同時並行的に逼迫(ひっぱく)し、遅延が発生していた」と会社の責任者は明かす。

 28日には遅れが生じていた療養解除の電話連絡をショートメールで送れるように変更。29日には責任者が県庁を訪ね、業務の遅れを謝った。

 県の仕様書には「稼働実績がわかるよう、毎日、業務の概要を記した業務日報を作成し、翌日までに埼玉県に報告を行うこと」も決められていた。日報には「配置人数」「管理する患者数」「保健所からの新規依頼数」などの記載欄がある。保健所からの新規受け入れが500件を超えたころから集計が追いつかなくなり、日報の提出は遅れがちになった。

 その後も感染者は増える。担当者を看護師約40人と事務職約20人にまで増やしたが、情報の入力は滞った。直接電話をかける患者は全体の1割ほどに絞ったが、その優先順位づけの作業が遅れた。それでも、「気にかかる人には、きちんと声をかけよう」と社内で確認し合った。

 HER―SYSはきめ細かな安否確認が可能になるとして、厚生労働省がつくったシステムだ。スマホやパソコンの画面で入力もできるが、通常は電話に音声ガイダンスが流れ、患者が12項目についての健康記録を数字で入力する。体温が37・5度だったら「375」。「呼吸困難、胸が苦しい、息が切れると感じることはありますか」との質問に「はい」だったら「1」、「いいえ」は「2」、「不明・わからない」は「9」だ。

 小学生の2人の娘とともに新型コロナに感染して自宅療養した県内の女性(30)は言う。「熱でぐったりする子どもの面倒をみる中で3人分の電話がかかってくる。だれについての健康観察なのかもわかりづらく入力するだけで、ひと苦労だった」

 HER―SYSのシステムでは患者一人ひとりの画面を開かなければ応答状況がわからず、どの患者が症状があるのか、あるいは応答していないのか、会社は確認にてこずった。さらに広報担当者は言う。「回答が完了するまで5~10分かかる。そのため、途中で終話する人も多いようで不通者は相当のボリュームがあった」。その結果、「自動架電で応答がない人の全件判定は困難になった」。

 会社は取材に、以上のように説明した。

実態つかめず ついに

 県が東京の訪問看護会社と契約したのは、ほかの自治体で実績があったからだ。神奈川県黒岩祐治知事が「全国のモデルになる試み」として、藤沢市で3月に医師会と提携して始めた健康観察の業務を担ったのが、この会社だった。

 埼玉県が軽症患者を医療機関につなぐ仕事を外したのは、業務が逼迫した会社側から申し出だった。県の担当者は「本当はいけないが是認した」。「とにかく預かっている患者さんの健康観察を最優先でやって欲しい」と伝えた。

 会社から届く日報のデータに「この数字は合っているんだろうか」と疑問を感じた日もあった。でも、健康観察の忙しさで事務処理は後回しになっているのかなと深刻には受けとめなかった。一方で、「事務処理はあまり得意な会社ではないのだろう」と感じる担当者もいた。HER―SYSのデータの表示は100人分までできるので、それをコピーしてエクセルに貼りつければ一覧でわかり、症状のある人や無応答の人を見つけられるというやり方を伝えた。

 7月下旬から日報は届かなくなった。その後、会社は自宅療養者を終えた感染者の把握が追いつかなくなった。人数の確認作業に県の担当課は追われた。会社からは、責任者の下に「スーパーバイザー」を配置し、業務に当たっていると説明を受けた。だが、問い合わせようとしても責任者しか全体像はわからず、その責任者も不在がちで何回も電話して1日1回つかまればいい方だった。

 日報が来ないので、管理している患者数自体も県は把握できなかった。人数を会社に何度も問い合わせても、返答はなかった。作業量がわからない一方で、会社からは「忙しすぎて辞める人もいる」と聞かされた。

 手が回らないと会社側に頼まれ、8月上旬から2週間ほど患者に健康観察の電話をかける作業を県は手伝った。15人前後で受け持った。だが、リストを渡されただけだったので、会社の業務がどれだけ根詰まりしていたかはわからなかった。

 県が見込んだ最大の自宅療養者数は4600人だった。冬の第3波の自宅療養者のピーク時の倍と見積もった。保健所が受け持つ療養者を含めた人数で、センターが担う療養者だけでも県のその想定を大きく超えていた。

 だが、県の担当者は言う。「『人は増やします。採用の面接を待っている人が100人ぐらいいます』『作業を効率化して対応します』。業務の滞りを心配はしたが、会社側からそう言われ、何とか回っているのだろうと認識していた」

 そして、8月23日。70代の男性が救急搬送されて亡くなった。17日からHER―SYSに一度も応答がなかったのに、会社は電話をかけず安否を確かめていなかった。「こんな状態だったのか」と県の担当者は驚いた。「とても任せられない」と、新たな感染者の健康観察業務は保健所に一時的に委ねることを決めた。

 以上が県の認識だ。

混乱 保健所でも失態

 センターが受け持つはずだった無症状患者らの新たな健康観察は8月26日から県内の各保健所が担うことになった。

 中核市で市が保健所を設置している川口市は大混乱した。それまでは新規感染者に聞き取りをして「入院」「ホテル療養」「自宅療養」に振り分け、無症状の患者らはセンターに移管した。もともと、自宅療養者の自宅に幹部職員が酸素投与の機材を運ぶときもあるほど人手は足りなかった。新たな負担で26日は職員が深夜まで残り、健康観察することになった自宅療養者に電話をかけ続けるなどの対応に追われた。

 感染者が急激に増えた第5波を受け、ほかの都道府県はどう対応したのか。

 東京都も自宅療養者の健康観察は外部委託している。LINEも活用し、相手から連絡がなければ保健所に対応してもらう流れだ。保健所に委ねるやり方は埼玉県と同じだが、患者の急増で委託先の業務が破綻(はたん)しないように委託する人数を7月28日、大幅に制限した。「65歳未満」だった対象を「30歳未満」に下げた。感染者数が減り始めた8月26日には「40歳未満」に緩和し、9月6日に「65歳未満」に戻す即応的な対応をとった。

 埼玉県は県が主導的に健康観察の方法を大きく見直すことはなかった。

 保健所が業務を移してからも、正常化にはほど遠かった。健康観察の対象者が一気に増えて人手が足りず、高齢者や基礎疾患がある人を除き、軽症や無症状の患者には電話による健康観察を実施しない保健所もあった。多忙な業務に追われ、本来、健康観察が必要とされる患者に行き届かない状況は、センターが機能不全になったのと同じ構図だった。

 「電話等の健康観察等でいま支障が出ているという話は聞いていない」「これ(保健所への移管)をきっかけとして、健康観察ができなかったということではない、と私は理解している」

 8月31日、定例の記者会見で大野元裕知事は、そう発言し、保健所の健康観察業務に問題はないと強調した。だが、その翌日の9月1日の会見で県の担当部の幹部は「毎日一人ひとりに(健康観察の電話が)きちんとできるかというと、無理だと思う」と述べた。

 保健所でも失態が起きた。別の保健所から引き継いだ50代男性の健康観察を春日部保健所の職員が2週間にわたって放置し、亡くなっているのが発見されたのは9月3日だった。

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