五輪の矛盾、巨大システムに振り回される違和感 養老孟司さん寄稿

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解剖学者養老孟司さん寄稿

 個人的に私は五輪と無関係である。いわゆる運動は以前から苦手で、健康保持のために何か運動をしていますかと聞かれると、虫捕りが唯一の運動です、と答えることにしている。身近に運動選手がいるわけでなし、知人友人の中に五輪関係者がいるかといえば、まったくいない。近しい人たちはおおむね五輪にはじめから反対ないし無関心で、古武道家の甲野善紀さんに至っては、あんな身体の使い方は邪道だと、20年以上前から怒っている。

 五輪に無関係な者がなぜこの原稿を書いているかというと、コロナで「不要不急」について書いたのをきっかけにまた頼まれたからである。大会がすべて終わったので、10年以上前の招致運動からずっと無関係だった者の立場から、振り返って書くことにする。

 私自身はもともと系統解剖学の出身で、この学問は正常な人体を系統=システムに分けて研究するというものだから、身体を使う五輪と関係は深い気もするが、現在の医学は正常と異常を正規分布を前提として計算して決めるから、糖尿病や高血圧と同じ論理で五輪選手の身体を計測したら、ずいぶん異常値が出るだろうと思う。仕事で太る大相撲力士も、検査値の上では異常値が出る。ただし私が調べたのは死んだ人の身体だけで生きている人は扱わなかった。

 以下にシステムという言葉を使うが、これは系統解剖学という私の元来の専門に由来する概念である。人体は骨格系、筋肉系、神経系などの「系=システム」からできており、それぞれの系は基本的な単位(人体なら細胞、社会なら個人)で作られており、その上に複数の階層が存在している。その最上階が人体になる。これは人体という複雑な構造を見るときの伝統的な見方であって、私はそれを人間社会にいわば勝手に応用しているだけである。というより、私はそれ以外の見方を知らないのである。

グローバルのシステムの林立で、各システムの理解も制御も難しくなっていると養老さんは指摘します。記事後半では、五輪開催に反対が多かった背景にも、このシステムの問題があると分析します。

五輪に関係のない人たちの発言に興味

 今回の五輪は、誘致の話が出…

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