「とさか」つきの冑、朝鮮半島製か 古賀・船原古墳

今井邦彦
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 福岡県古賀市の国史跡・船原(ふなばる)古墳(6世紀末~7世紀初め)で出土した冑(かぶと)に、革か布で作られたとさか状の「冠帽(かんぼう)」が取り付けられていたことが分かった。市教委が17日、発表した。同じタイプの冑は全国で7点見つかっているが、本体以外もそろって出土して全容が明らかになるのは初めてという。日本の同時代の冑とは構造が違い、朝鮮半島製とみられる。被葬者は「舶来品」の武装で身を固めていたようだ。

 船原古墳は全長約37メートルの前方後円墳。そのそばには大量の副葬品を収めた埋納坑(穴)があり、冑はその中央部分で、甲(よろい)や馬具などとともに、ほぼ全部品が残った状態で2013年に出土していた。

 頭頂部にはソケット状の部品があり、朝鮮半島の事例などから、そこに革か布で作られた烏帽子(えぼし)のような形の「冠帽」をかぶせていたと見られる。素材となる鉄板の形などが日本の同時代の冑とは異なり、朝鮮半島製の可能性が高いという。

 同じタイプの冑は東北から四国にかけての地域で7点見つかっており、群馬県・綿貫(わたぬき)観音山古墳では冠帽部分も鉄で作られたものが出ている。しかし、頭を覆う本体部分しか残っていないものが多く、顔の左右につく「頰当(ほおあて)」や後頭部を守る「綴(しころ)」までそろって出土したのは船原古墳が初めてという。

 船原古墳の副葬品からは朝鮮半島東部・新羅(しらぎ)製の玉虫の羽を組み込んだ馬具や、やはり半島製とみられる馬用の冑も見つかっている。調査を指導している桃崎祐輔・福岡大教授は「被葬者は大和の王権と朝鮮半島の外交を仲介した人物だろう。輸入品を直接入手できる立場にあったか、王権から功績を認められ、権威を示す武具を与えられたのでは」と推定している。

 市教委は10月23日午後2時から、リーパスプラザこがで講演会(定員80人・要申し込み)を開き、成果を報告する。申し込み・問い合わせは文化財係(092・940・2683)へ。今井邦彦