パラ競技通じてルワンダ女性が得た自信 前会長が日本で描いた未来

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伊木緑
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 過去に民族対立による大虐殺があったアフリカのルワンダ。同国のシッティングバレー女子代表が東京パラリンピックでパラ初勝利を挙げ、国内は歓喜に沸いた。障害があり、女性であるということが「二重の障壁」と考えていた同国パラリンピック委員会の前会長がかつて日本に留学して完成させた論文には、この勝利への道筋が描かれていた。この論文が導き出した「スポーツを通じて得られる一番大切なもの」とは――。

 書いたのはセレスティン・ンゼイマナさん(41)。バレーボールの元代表で、2004年に世界選手権に出場。06~13年に同国パラリンピック委員会の事務局長、その後17年まで会長を務め、17~19年に筑波大学に留学した。

 シッティングバレーがルワンダに紹介されたのは06年ごろ。健常者のバレーがもともと人気だったうえ、ンゼイマナさんら委員会のメンバーにバレー経験者が多かったため、力を入れるようになった。

 ルワンダには1990年代の激しい内戦で障害を負った人も多く、スポーツによる障害者の支援は喫緊の課題だった。ンゼイマナさんは「ボールとネットやロープさえあれば、多くの人が一緒にプレーできることも利点だった」。全国にクラブチームをつくってすそ野を広げた。12年ロンドン・パラリンピックで男子、16年リオデジャネイロ大会で女子が初出場をかなえた。

 同じ頃、ンゼイマナさんはボールの提供などを通じて日本と接点を持つようになり、筑波大が世界のスポーツ人材を対象にした1年半の大学院プログラムを設けていることを知った。

 かねて「ルワンダでは女性は…

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