陰りみえるドイツの成功パターン 「接近の変化」でも強権化する中露

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日曜に想う 国末憲人ヨーロッパ総局長

 大国の外交は、時に恫喝(どうかつ)もいとわない世界である。強硬手段をちらつかせ、場合によっては実際に武力を行使する。こうしたこわもてと柔軟さを織り交ぜつつ、国益と影響力の確保を図る。

 しかし、第2次大戦の敗戦国はその後、他国との交渉で軍事力に頼らない道を選んだ。日本であり、ドイツである。

 「二度と戦争は起こせない。それが戦後ドイツ外交の原則です。『接近による変化』の方針はそこから生まれました」

 ベルリンで会った外交専門誌「オストオイロッパ(東欧)」のフォルカー・ワイクセル編集長(47)はこう説明した。

 「接近による変化」とは、敵対する陣営と緊密な関係を結ぶことで相手の変革を促す手法である。冷戦期西ドイツの対東ドイツ、対東欧政策として始まり、1989年の「ベルリンの壁」崩壊後は旧共産圏の民主化支援に引き継がれた。経済面での結びつきを強め、ともに利益を得つつ、人権意識や法支配の概念を浸透させる――。その旗印の下、自動車産業を中心とする製造業が、ドイツから旧東欧諸国に次々と進出した。

 欧州連合(EU)内で「一人…

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