栃木県内100歳以上は1184人 20日は敬老の日

池田拓哉
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 20日は「敬老の日」。栃木県によると、今年度の誕生日が100歳の節目にあたる県民は、649人(男性71人、女性578人)にのぼる。100歳以上は、9月1日時点の集計で1184人(男性137人、女性1047人)となり、2年連続で1千人を超えて過去最多。10年間でほぼ倍増した。

 今年度で100歳になったか、100歳になるという人は、1921(大正10)年4月~22年3月生まれ。魯迅が小説「阿Q正伝」を発表し、「平民宰相」と呼ばれた原敬首相が暗殺された時代だ。

 県内の最高齢は女性で、足利市の近藤トメさん(108)。男性の最高齢は足利市の萩原正一さん(108)。どちらも1912年生まれで、近藤さんの誕生日が約2カ月早い。

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 「朝から太陽が笑ってる どうか今日一日おだやかな日ですぎますようお願い致します」

 足利市の尾花喜久枝さん(100)は半年前まで、ほぼ毎日、日記を書いていた。2000年以降につづった大学ノートは計17冊。農家として晴天を喜び、孫の来訪など日々の出来事を楽しむ様子がうかがえる。

 市内の農家に生まれた。終戦直前、旧満州中国東北部)で日本軍の食料調達を担当していた夫・猛さん(享年93歳)と結婚。「日本は勝つ。いい暮らしは続く」との猛さんの言葉を信じ、自らも大陸に渡った。現地では、中国人の「お手伝いさん」が2人いた。

 しかし、敗戦で暮らしは一変。日本に引き揚げる混乱の道中で生まれた長男・一美さん(75)は「お前は運が良かったんだ」とよく聞かされた。尾花さんは母乳が出ず、ほかの女性の乳を分けてもらって、一美さんの命をつないだという。

 戦後は夫妻でトマトやキュウリを栽培し、30~40年前、ブドウ農家に転じた。種なしで皮まで食べられる「ピオーネ」が、庭先の直売所で人気になった。

 冒頭の日記の一節は、4年前の7月に書いた。このころまでブドウ栽培に携わり、店にも立った。

 近年は物忘れが多くなった。現在はデイサービス施設に通い、たまにブドウ畑の草を抜く。カラオケで一緒に美空ひばりの歌を楽しんだ近所の90代の友達が最近、相次いで他界した。

 日記を中断する直前の約半年前、「上天気ありがとう」と、何度も何度もノートにつづった。いつもそばにいる一美さんは「戦争はしてはいけない、と昔から言っていた。母は一日一日を生きることを、かみしめ続けているんでしょう」と語った。(池田拓哉)