戦時前に起きた美保関沖事件 惨劇を語り継ぐ講演会

杉山匡史
[PR]

 松江市美保関町や鳥取県琴浦町沖で1927(昭和2)年8月、旧日本海軍の軍艦4隻が衝突して119人が犠牲になった「美保関沖事件」を語り継ぐ講演会が20日、鳥取県米子市で開かれた。真っ二つになって沈没した駆逐艦「蕨(わらび)」の船体発見に至る今年7月までの2年に及ぶ水中調査などの様子も、映像や説明を通して報告された。

 地元で事件を語り継いでいる「美保関沖事件慰霊の会」(松下薫会長)が主催し、約200人が参加した。

 講演で元松江観光協会観光文化プロデューサーの高橋一清さん(77)=島根県益田市出身=は、文芸春秋編集者のころに著作物でふる里の事件を知って以来、「過去の犠牲の上に平和があることを忘れたり、風化させたりしてはいけない」との思いで事件に関わってきたことを語った。

 その上で「価値があるものが残っており、大切に残すべきだ」と強調。水中ドローンなどを使った取り組みを心強く思うことや期待の気持ちを伝えた。

 慰霊の会は、蕨の所在を具体的に明らかにして後世に伝えるために昨年5月~今年7月に計3回、水中調査に実績がある九州大や深海調査技術を持つ企業などの協力で水中ドローンなどで海中調査をした。

 その結果、松江市の美保関灯台や琴浦町の沖で艦首、艦尾を発見。旧海軍の記録などから蕨と断定した。来夏ごろをめどに船体が沈む海底の2カ所に「水中慰霊碑」を設ける計画を進めていて、撮影した画像をもとに精巧な3次元(3D)モデルを作る作業にも取り組んでいる。

 この日の講演会では、調査を主導してきた島根大3年の大原圭太郎さん(23)が、水中の映像などを使ってこれまでの調査内容や「完成度は8割」という3Dを紹介した。

 事件は連合艦隊の63隻が2軍に分かれた無灯火の中での戦闘訓練中に起きた。駆逐艦「蕨」(850トン)が巡洋艦「神通(じんつう)」(5595トン)に激突されて沈没。避けようとした後続の駆逐艦「葦(あし)」も巡洋艦「那珂(なか)」と衝突して大破した。海軍独特の激しい訓練の無謀さも指摘されたが、責任は現場に負わされた形となり、神通の艦長は自殺した。(杉山匡史)