倒産、自己破産、がん… 山寺の住職は毎朝思う「人生はこれからだ」

張春穎
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 倒産と大病。生きていく厳しさと、生きていける喜びを知って住職になった男性がいる。任された小さな山寺をもり立てることに生きがいを感じ、境内を整え、寺を開放し、御朱印を書く日々。いつしか多くの人々が集う場所になった。

 山あいに果樹園が広がる群馬県沼田市下発知(しもほっち)町にある石尊山(せきそんさん)観音寺。500年ほどの歴史があり、背後に戸神山がそびえる。住職の五十木(いかるぎ)晃健(こうけん)さん(66)は毎朝こう思う。「よし、俺の人生はこれからだ」

 人はいずれ死ぬ。人生は思い通りには行かない。だったら楽しく生きよう――。その思いの背景に、これまでの歩みがあった。

 短大卒業後、生まれ育った群馬県太田市で父親と自動車部品のプレス金型製造業を営んだ。従業員25人ほどで町工場としては中堅規模。攻めの設備投資を決断したが、1987年に倒産した。妻子と別れ、知り合いは金の無心を疑って離れていった。すべてを失い、太田を離れた。

 群馬県高崎市で一人暮らしをしながら、夜間の宅配物の仕分けのアルバイトなどをして、借金を返済しようとしたが自己破産。「どう生きればいいのか」。さまよった末にたどり着いたのが同県月夜野町(現みなかみ町)の寺だった。定期的に座禅会に参加し、人生を見つめ直した。

 39歳で出家し、絶望や恨みを抱いたこともあった人生を捨てた。40歳で腎臓がんが見つかり、摘出手術も受けて死とも向き合った。43歳で若者に交じって大本山総持寺(横浜市)で修行後、2010年、55歳で観音寺の住職を任された。

 観音寺は檀家(だんか)60軒ほどの地元の人しか知らないような山寺。人口減少や後継者不足で寺の存続が全国的にも課題になる中で、人々が集う場を目指した。「救ってくれた恩返しがしたい」と、生活が苦しくても副業はしなかった。

 自ら境内の雑木をチェーンソーで切り、お布施や御朱印志納金を石仏に変えて並べ、駐車場も整えた。登山の愛好家や遠足の児童らが立ち寄るようになり、節分や花まつりといったイベントも定期的に開催。笑い声や演奏会の音色が境内に響くようになった。

 御朱印も人気になった。年に数人が求める程度だったが、力強く「観音力」と書いた御朱印が専門誌に紹介され、出家後に学んだ書道や禅画の才能を生かした「てんぐ」や「だるま」がSNSでも注目された。イラストレーターや漫画家とも縁が広がり、かわいらしい御朱印も登場。コロナ禍前には全国から月500人ほどが訪れるまでになった。時間の合間を縫って、毎日5時間ほど書き続ける。

 話すのが好きで他の住職の法話もよく聞く。話し方の丁寧さは、がんの不安を和らげてくれた医師の姿勢に学んだ。地元の小中学校に書き初め指導に出かけるなど活動の幅を広げている。「定年はない。死ぬまで生き続けて、きょうも一生懸命に生きたい」(張春穎)