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編集者から医師、50代で作家に転身 「暮しの手帖」にあこがれて

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服部尚
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 映画化された小説「いのちの停車場」などで知られる作家の南杏子さん。出版社勤務から30代で医師に転身し、さらに50代で小説家になりました。くらしのなかで、人に役立つことを知らせていきたい。そこにはひと筋の思いがつながっていました。

きっかけは小説教室

 50代半ばで小説家となり、一貫して医療現場での人間模様をテーマに描いてきた。

 娘が高校生になり育児も一段落した40代後半、夫とカルチャーセンターに通い始めた。陶芸や合唱からロシア武術……。小説教室もその一つだったが、小説新人賞の応募作品が最終選考に残ったことをきっかけに出版の話が進んだ。

 「最初は書いたものはどれもほめられなくてけちょんけちょんにダメだしばかりされていました」

 転機は、指導講師の「もっと自分にとって切実に感じるものを書くべきだ」という言葉。医師として勤務する高齢者向けの病院で目の当たりにする終末期の医療への思いをベースに書いた作品「サイレント・ブレス」が、第1作として出版されることになった。

 「終末期を迎えたお年寄りに若い人と同じような激しい医療ではなく、穏やかな呼吸を保ちソフトランディングできる医療を、という実感を作品に反映させました」

祖父の介護で抱えた疑問

 高校卒業後は名古屋の親元を離れ、東京の祖父宅から大学に通った。そこで、祖父を介護する祖母を手伝うことになった。介護に疲れ、ときに声をあららげる祖母の姿が忘れられない。「祖父の介護をどうしたらよかったのか、ずっと考えていました。医師になって、その答えを見つけることができたような気がしました」

 一つ目の大学は家政学部被服学科だった。卒業論文は合成洗剤。繊維にこびりついた汚れを引き離すにはどんな物質がよいのか、が研究テーマだった。

 研究に打ち込むうちに、家電など生活用品の使いやすさを消費者目線でテストする「暮しの手帖」のような仕事にあこがれていった。「人に役立つ結果を伝えていきたい」と、出版社を志望した。

 編集プロダクションを経て、主婦の友社に入り、育児雑誌の編集を任された。「離乳食を食べない」「障害がある」「視力が弱くて心配」……。読者のさまざまな疑問に答える企画を担当するうちに、勉強して医学知識を身につけたいという思いが募った。

過酷な看護師の現場

 「もともと人体図鑑をぼろぼ…

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