政界に広がる「現実路線」は「仕方ない」のこと? ダメさ粉飾するな

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編集委員 高橋純子
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記者コラム「多事奏論」 高橋純子

 高橋さん、最近原稿に元気がないですね。批判の切れ味が鈍くなってませんか? そのような心配をまま読者から頂く。そうですか? そうですねえ、まあいろいろと環境の変化なんかもありまして……なんて、これまではいじいじもごもご応じていたが、昨今の政治状況を観察するにつれ、今後はこう答えてみようかと思い立った。

 「『現実路線』でいくことにしました」

 ぷっ。カッコよさげで恥ずかしすぎる。撤収撤回。いやはや確かに「現実路線」「現実主義」は己の弱さやダメさを一発で粉飾できて大変に有用であるが、これまで自分に用いたことはない。「現実」は長く、私にとって抑圧の言葉だったからだ。

 「現実を見なさい」は時に「あなたは女なんだから」を含意し、こう生きたいという理想を描く筆を手放せと促された。政治学者・丸山真男の「『現実』主義の陥穽(かんせい)」に「現実的たれということは、既成事実に屈伏せよということにほかなりません」「現実はいつも、『仕方のない』過去なのです」の一文を見つけひざを打ちまくった私。諦めろ。現実を受け入れろ。そんな脅しと格闘している人はこの世にごまんといる。

 だから不思議でならないのだ。政治の世界ではなぜ「現実路線/主義」なるものがもてはやされるのか? 現実に追随し理想を手放すことが政権担当能力を有する証しであるかのごとく言われるのはどうして?

 そしてもうひとつ。変節や転…

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