ダム建設で離村した集落を撮りためた写真展 長浜

松浦和夫
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 【滋賀】長浜市北部の高時川上流で計画された丹生(にう)ダムのために、源流にあった複数の集落が集団移住した。元長浜市助役の吉田一郎さん(79)は、それらの集落の暮らしぶりを四半世紀にわたってカメラに収めてきた。約8万枚の写真から約200枚を厳選した写真展「琵琶湖源流の美と暮らし」を、長浜市余呉町菅並の妙理の里などで開く。

 山深い集落は、木炭の生産をなりわいにしてきた。しかし、ガスの普及で需要が激減し、生活は困窮を極めたという。

 そんななか、1968年にダムの予備調査が始まり、69年から71年にかけ、奥川並、針川、尾羽梨の3集落が移住。72年に琵琶湖総合開発計画にダムが盛り込まれて事業が具体化し、残る半明、小原、田戸、鷲見の4集落も移住した。しかし、県のダム凍結方針により、2016年に建設中止が決まった。

 吉田さんは、1965年ごろから友人とバイクでよく高時川源流の丹生渓谷を訪れていた。写真誌に掲載された、仏壇を背負って集落を去る奥川並の住民の写真に衝撃を受けた。近場に住む人間が集落の記録を残さなければと決意した。

 69年ごろからカメラを片手に集落に通い続けた。無人となる95年まで、習俗や生活、自然、住民などを撮影した。その後も、湖北に伝わる習俗などを撮影し、これまでに撮りためた写真は約30万枚になるという。

 昨年末、京都工芸繊維大で写真史を学ぶ大津市の橋詰知輝さん(27)が吉田さん方を訪ね、貴重な写真のデータベース化を提案。これがきっかけで今年2月、写真家や雑誌編集者らとともに任意団体「湖北アーカイブ研究所」を立ち上げ、所長になった。今回の写真展は第1弾の企画となる。

 写真展は10月16日から24日まで。妙理の里で写真約150枚に文章を添えた畳大のパネル26枚を展示し、失われてしまった山里の日常を紹介する。近くの曹洞宗の洞寿院でも写真を掲示する。

 吉田さんは「集落の中に日本の原風景があったと思う。山に生かされ、互いに助け合って生きてきたことを知ってほしい」と話している。(松浦和夫)