第4回「取り違えないといえるか」「社会の萎縮心配」 裏アカ調査に識者は
連載「探られた裏アカ 就活の深層」
就職希望者が匿名で使っているSNSの「裏アカウント」を探り出し、その投稿内容を調べて企業に報告する業者がいる。こうした行為は法的に、また倫理的に見てどうなのだろうか。個人情報や人権、ネットに詳しい識者たちは、様々な問題点を指摘する。
国立情報学研究所の元客員教授で、個人情報保護に詳しい岡村久道弁護士(大阪弁護士会)はまず、間違いの可能性を指摘する。
「分析した裏アカウントが本当に調査対象者のもので、取り違いやなりすましがないと言えるのかが重要だ。もし間違いがあれば、学生の一生を左右しかねない」
間違いがあった場合、法的にはどうなのか。
「個人情報保護法では、事業者はデータの正確性の確保に努めねばならないと定めている。もし調査会社が別人のSNSを分析して採用企業に報告書をあげた場合、法の趣旨に反するし、学生に与える損害は大きい。学生から個人情報の扱いについて同意を得たとしても、調査には客観的な信用性の確保と厳格さが求められる」
岡村弁護士は就活生の側にも釘を刺す。「学生もSNSのリスクを認識しておかなければいけないし、そもそもモラルに反した書き込みをすべきではない」
調査会社はSNS調査について、「就活生側の同意を得ている」と主張する。この点はどうなのか。
「採用企業と委託された調査会社が個人情報の利用目的を通知または公表していれば、個人情報保護法には違反しない。ただ、入社を望む会社から同意を求められた学生が、それを拒むのは難しい」。個人情報の問題に詳しい加納雄二弁護士(大阪弁護士会)はそう話す。
指摘するのは仕組み上の問題だ。「採用企業が学生から同意書さえもらっていればいいという問題ではない。学生が、自ら提供した個人情報をもとに調査をされる可能性をどれだけ理解できているかが重要だ。同意書に署名する意味が、学生側にわかりやすく伝わる仕組みにすべきだ」
学生に与える影響も心配する。「SNS上のモラルは大事だが、学生が将来の調査を気にしすぎて萎縮し、自由に表現できない状態にはなってほしくない」
SNSに詳しいネットニュース編集者の中川淳一郎さんは、調査を依頼する企業側の姿勢を問題視する。「学生が若気の至りで不用意にSNSに書き込み、うっかり残してしまったものを必死に探す。それは過去の失敗をほじって糾弾し、失脚させて喜ぶ行為と根っこは同じで、正義ではない。つまらない会社になるだけだ」
念頭にあるのは、東京五輪を巡り、過去の不祥事で責任者らが続けて退任した出来事だ。
「裏アカ」特定が、社会に与える影響を危惧する。「若者は未熟だという前提に立つくらいの寛容さがほしい。過去に失敗していても、優れた能力をもつ人は大勢いる。かつて出身地を調べる企業があったが、それに似た行き過ぎた身元調査だ。こうしたことが横行すると、社会全体が萎縮していってしまう」(市原研吾)
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