「いまわの際、父は大きく息を吸った」 乱世の今こそ、手塚治虫

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岩本美帆
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 「漫画の神様」手塚治虫が今年でデビュー75周年を迎えました。わずか17歳でプロになった手塚は、60歳でこの世を去るまでに15万枚の漫画原稿を描き、約700の作品を生み出しました。昭和の時代に描かれた「未来」は、まるで現代の世界を見通していたかのように、実現しています。いまも色あせない手塚作品の魅力について、最も近くで見つめていたご家族や、専門家に話を聞きました。

 「子どもがやりたいことは全面的に応援してくれる、優しい父でした」。長女のるみ子さん(57)は振り返る。子どもが望めば高価な楽器でも買ってくれたり、勉強のために海外に連れて行ったり。「母は『手塚の娘なんだからきちんとしなさい』と厳しかった」が、父は母との間に入ってくれて、甘えさせてくれた。どんなときも味方でいてくれる父のことが「大好きで、ファザコンだった」という。

 手塚作品に出てくる母親像の多くは慈愛に満ち、すべてを受け止める包容力を持っている。るみ子さんは「手塚の母がとても温かい人でしたから」と話す。「娘の私にも優しかったのは、手塚の母が自分にしてくれたようにしたかったのでしょう」。医師なのに漫画家の道に進もうとする手塚の背中を押したのも、手塚の母、文子(ふみこ)さんだった。

 一方で「漫画家・手塚治虫」については「距離を取って、見ないようにしていた」と話す。どこに行っても「お父さんすごいね」「手塚治虫の娘でしょ」と言われることが嫌で、思春期からは作品も読まなかった。デビュー40周年の盛大なパーティーにも、ボーイフレンドたちを連れて会場に現れ、家族には背を向けた。

日記に娘のことを「あの女」……でも優しかった父

 「親の気持ちなんて考えず…

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