山と諏訪湖一望 ここが「聖地」 長野

清水大輔
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 信州に、「聖地」と呼ばれて大人気のキャンプ場がある。

 9月の3連休、長野県塩尻市の高ボッチ高原にあるキャンプ場は大にぎわいだった。案内所に入ると管理人の山野井一郎さん(61)が忙しそうに利用者たちに対応していた。「一時はどうなるかと心配しましたが、いまは安心しています」。その言葉に記者もうなずいた。

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 高ボッチキャンプ場がオープンしたのは今春。山頂付近を整備すると、5月の大型連休などは大入りになったが、8月半ばの大雨災害で高原につながる二つのルートが遮断されてしまった。被害が出る3週間ほど前にキャンプ場の取材をしていただけに、復旧の具合がずっと気になっていた。9月13日になって、松本市側から入るルートの復旧工事が完了した。

 テント約20張り分のフリーサイトとオートサイトが数カ所。あとは水道とトイレ、飲料水の自販機があるだけだ。管理人がいるのも休日の昼間だけで、食料や薪なども置いていない。決して便利とは言えない。それでも人気がある理由の一つは、ここが「聖地」だからだろう。

 岐阜県関市の楠戸貴大さん(20)が同じ専門学校に通う塩村丈さん(20)を誘って来たのは、アニメ化もされた人気キャンプ漫画「ゆるキャン△」で登場するから。主人公の1人、志摩リンが「知る人ぞ知る超絶景スポット」と言う通り、標高1600メートル超の展望台からは、北アルプスから南アルプスまで、眼下には諏訪湖が一望できる。

 しかも、夜は街の光に縁取られた湖を、早朝は雲海を目にすることも。「時間によって景色が変わっていくのに感動する」と楠戸さん。誘われた時、面倒だと思っていた塩村さんも「一発で、はまった」そうだ。

 楠戸さんはフランス軍の払い下げ品だというポール式のテント、塩村さんはレトロでかわいいランプがお気に入りだとか。まだ2回目のキャンプなのにかなりのギアをそろえている。「非日常を味わえる」

 何もないところがいい。自分だけの時間が楽しめる。そんな言葉をこのキャンプ場でたくさん聞いた。

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 夕飯のスープパスタを食べ終えた頃だった。「楽しんでいますか」。管理人の山野井さんが声をかけてきた。たき火に手を当てながら話をした。

 9年ほど前、東京から松本に帰郷。定年まで勤めた松本空港管理事務所で山岳遭難救助隊員らと知り合って山が好きになり、自然保護レンジャーも務めるように。高ボッチの管理人の話が来た時は「願ったりかなったり」だった。

 「今度は山でも一緒に行きましょう」。そんなやりとりを交わした後、山野井さんはほかのキャンパーたちにも声をかけて回った。

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 何もないのがいい、と書いたが、案内所には食べ物と飲み物が一つずつ置かれている。地元野菜などが入ったスープパスタ。そして地元の豆専門店「CLECY(クレシー)」を経営する柳田実樹さん(45)がブレンドしたコーヒーだ。

 10年ほど前に松本市に移住。夫とリンゴ栽培をしてきたが、違うことに挑もうと5年前に店を開いた。

 ある日、交流のあった近くの公民館の担当者から「飲むと明るい気持ちになるコーヒー」を頼まれた。「忙しい公民館活動の中でも、ほわっとした気分になってもらえたら」と思い、浅煎りしたエチオピアをメインに明るく華やかな味わいの「公民館ブレンド」をつくった。すると、今度は塩尻市からキャンプ場向けのブレンドを頼まれた。

 最初は戸惑った。夏の高ボッチを彩る真っ赤なレンゲツツジを思い、同じような高原のイメージから「タンザニア」をベースにした。さわやかな味と香りの「青空ブレンド」と重厚で深みのある「星空ブレンド」の2種類を用意した。「塩尻に訪れるきっかけになって、キャンプや観光のすそ野が広がってくれたらうれしい」と柳田さんは話す。

 取材を終えた翌朝、柳田さんのコーヒーをいれた。

 ああ……。おいしい。

 ひとり、幸福な時間を味わいながら、このキャンプ場に思いを寄せる、いろんな人たちの温かさを感じた。(清水大輔)

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 取材中、漫画「ゆるキャン△」で描かれるスープパスタをまねして作るキャンパーの姿も。管理棟で販売するスープパスタは、鍋で温めたスープに乾麺を直接投入する。アスパラやシメジが入り、コンソメ、チーズの濃厚な味わいだ。

 名称の「ボッチ」の由来は、ダイダラボッチという巨人が腰掛けた伝説が有力。8月の大雨災害で、塩尻市側の「東山ルート」は未復旧。復旧した松本市側の「崖の湯ルート」は道が狭く、運転は要注意。キャンプ場の営業は11月末ごろまで。今季は無料(自然保護のための協力金500円)。問い合わせは塩尻市観光協会(0263・54・2001)。