第1回32歳の双子のママ、食事中に吐血…診断結果は「スキルス胃がん」

編集委員・田村建二
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家族で東京都内のキャンプ場に出かけたときのみどりさん=2019年8月24日、家族提供
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だいすきノート 第1話

 横浜市で暮らしていたみどりさんが、「体の調子がおかしい」と感じたのは、32歳の誕生日を迎えた2019年8月末のことだった。

 双子の娘がいた。「もっちゃん」と「こっちゃん」。やはり8月に4歳となり、春から通い始めた幼稚園にも慣れてきていた。

 そろそろ外で働きたい。みどりさんは、近くのスーパーでレジを担当するアルバイトを始めたところだった。

 よくせきが出て、止まりにくい。

 接客業なのに、困るな。そう思って、近くの内科でみてもらった。

 医師には、特に異常はないと言われた。

 9月に入ると、おなかや胸のあたりが痛むようになった。子どもたちと遊ぶことが、だんだんつらくなっていった。

 別の病院でも診察してもらった。

 やはり問題は指摘されなかった。

 週末はいつも、家族4人で出かけていた。この夏は4人で初めて、東京都内で「お泊まりキャンプ」をした。

 だが、一緒に外に出るのが難しくなってきた。

 みどりさんは留守番をして晩ご飯をつくり、3人の帰宅を待つようになった。

 次第に、食事を用意することもきつくなり、夫のこうめいさん(37)が外で食べ物を買って帰ることが多くなっていた。

吐血、検査して入院

 10月8日の夜。「やっぱり、もう食べられない。先に寝るね」

 みどりさんは、そういって食事をやめ、自宅3階の寝室に引き上げていった。

 2階の居間で、家族4人でたんめんを食べていた。もう少しで食べ終わるころ、みどりさんは気持ちが悪くなり、耐えられずに台所でもどしてしまった。

 こうめいさんは、片付けをしようと台所に立った。すると、もどした食事が一部、黒っぽく残っているのに気づいた。

 「これ、ひょっとして……」

 翌日、朝ごはんを少し口にしたみどりさんは、すぐに気持ちが悪くなり、トイレで吐いた。

 今度は真っ赤だった。

 救急車で近くの病院まで運んでもらい、胃カメラをはじめ、本格的な検査を受けた。

 病院には、埼玉県の実家から、母えつこさん(60)や義理の叔母たかこさん(60)も駆けつけた。

 みどりさんは消化器に異常があるとみられ、おなかや胸に強い痛みを感じていた。病院側の判断で、そのまま入院が決まった。

 「ごめんね」

 みどりさんは、こうめいさんに謝った。もっちゃん、こっちゃんの世話も任せきりになり、申し訳ないと思った。

 「これからは、もっと健康に気をつけるようにするね」

入院中でも「運動会に行く」

 入院するとして、とても気になることがあった。もっちゃん、こっちゃんの通う幼稚園の運動会が近づいていた。

 みどりさんは、子どもたちの入退場を補助する係をすることになっていた。

 こうめいさんは、「体調が悪いのだから、今回は無理に行かなくていい」と考えていた。一方、たかこさんは「ぜひ、なんとかして行くべきだ」とすすめた。

 幼稚園は、みどりさんがあちこち調べて、見学したうえで決めた。朝夕、自転車の前と後ろに2人を乗せて通っていた。

 そこでの初めての運動会。みどりさんは「病院から外出して、行く」と決めた。がんばる2人を見たかった。

 当日は雨だった。もっちゃん、こっちゃんは雨がっぱを着たまま、駆けっこをした。入退場の補助係は、こうめいさんが交代してつとめた。

 みどりさんは家族スペースの最前列に立ち、傘をささずに胸の前で両手を組んで、子どもたちが走る姿を見ていた。

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入院先の病院から、幼稚園の運動会を見に外出したみどりさん(右)。実家から父のりあきさん(左)らも来て応援した=2019年10月14日、家族提供

 雨がやまず、運動会は予定を早めて終了。みどりさんは入院中の病院に戻った。

 15日、検査結果を告げられた。

 医師に渡された説明資料に、「4型胃癌(いがん)」と書かれていた。

 いわゆる「スキルス胃がん」だった。

 がんの中でも、治療が難しい。考えられる中で、最も厳しい診断結果だった。(編集委員・田村建二

     ◇

 おそらく、もう治ることはない。そんな厳しいがんであることを知ったみどりさんは、子どもたちに宛てて自分の気持ちを書き記します。手にしたのは、「だいすきノート」と呼ばれる二つの冊子でした。

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