第2回がんは手術不可能なステージ4 痛みで眠れぬ日々、希望求めて転院

編集委員・田村建二
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痛みに苦しんでいたみどりさんは、慶応大病院に移ってすぐ、モルヒネの点滴を受けた=2019年10月17日、家族提供
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だいすきノート 第2話

 32歳だったみどりさんは、2019年10月、自宅近くの病院で「スキルス胃がん」と診断された。

 一般的ながんで見られるかたまりをつくらず、胃の粘膜の下でがん細胞が広がる。

 治療が難しいがんの一つだ。胃の壁からの出血も確認された。

 せきが続いていたのは、肺のリンパ管にがんが転移していたためと考えられた。

 がん細胞がおなかの中に散らばる「腹膜播種(はしゅ)」も起きていた。

 最も進行した「ステージ4」。手術でがんを取り除くのは、不可能な段階だった。

 説明する医師の話を、みどりさんはひざをつかむようにして手に力を入れ、聞いていた。

 横にいた夫のこうめいさん(37)が、みどりさんの手を握った。その手を、みどりさんはぐっと握り返した。

 涙をこらえて、必死に聞いているように見えた。

 医師の説明では、状態が悪いため、抗がん剤治療も難しいとのことだった。

 何とか治療ができないか。病院に付き添っていた義理の叔母たかこさん(60)、母えつこさん(60)は、ほかの病院を探した。

 治療を受けることを通して、みどりさんに生きる希望をもってほしい、と思った。

 みどりさんも治療を望んだ。上半身全体に広がっていた痛みも何とかしてほしかった。ほとんど眠れないほどだった。

 複数の病院にあたった結果、東京都新宿区にある慶応大病院が受け入れてくれることになった。

 10月17日夜、病院に着くと、直ちにモルヒネの点滴が始まった。それまで「6か7」くらいに感じていた痛みは、翌朝には「3か4」くらいに和らいだ。

 こうめいさんは、幼稚園を終えて病院に来た双子のもっちゃん、こっちゃんを抱っこしながら、転院について説明した。

 「悪いところをよくするために、ママはがんばることを決めたんだ。だから、病院を移ることにしたんだよ」

点滴の抗がん剤で治療

 慶応大病院では、消化器内科の浜本康夫医師(50)が主治医となった。浜本さんはみどりさんを診察し、診療録を見ながら、治療の可能性を探った。

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慶応大病院に移ったみどりさんは、以前よりも痛みが和らぎ、笑顔が増えた=2019年10月28日、家族提供

 胃からの出血が続いていて、呼吸の苦しさもあった。

 浜本さんは、みどりさんの骨の状態に注目した。

 みどりさんの骨には、がんの転移の一つで、スキルス胃がんなどで時折みられる「骨髄がん腫症(しゅしょう)」が起きている可能性があった。

 血液の工場でもある骨髄にがんが入り込み、正常な血液細胞ができなくなりやすい。出血が止まりにくくなることもあり、命の危険が迫っているおそれがあった。

 その一方、この状態の場合は、抗がん剤が効くケースも少なくないと考えられていた。

 胸やおなか、腰に広がった痛みも、骨髄がん腫症が原因ではないかと思われた。まずはモルヒネで痛みを抑える必要があった。

 浜本さんは、「一般的には、積極的な治療はおすすめしません」としつつ、効果を示した過去の経験も踏まえて、点滴の抗がん剤で治療することを提案した。長く使われ、体への負担が軽めの薬を選んだ。

 出血で貧血ぎみなのを輸血で補い、息苦しさを和らげる目的でステロイド薬も処方した。

 この説明の過程で、みどりさんはがんが「ステージ4」であることを初めて認識した。

 前の病院でも説明はあった。でも、痛みのためによく眠れていなかったこともあって、頭に入っていなかった。(編集委員・田村建二

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 おそらく、もう治ることはない。そんな厳しいがんであることを知ったみどりさんは、子どもたちに宛てて自分の気持ちを書き記します。手にしたのは、「だいすきノート」と呼ばれる二つの冊子でした。

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