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病院と対話し、自宅療養見守った コロナ指揮官が語る5波までの教訓

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聞き手 編集委員・辻外記子、茂木克信
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 流行を繰り返す新型コロナウイルス感染症は、医療提供のあるべき姿を我々に問い続けてきた。「第5波」までのコロナ禍から、どんな教訓を得たのか。今後の戦略は。先駆けて対策をとってきた神奈川県の医療行政の指揮をとり、国のコロナ対策に助言する組織の一員でもある、阿南英明医師に聞いた。

なかなか増えなかった病床

 ――日本の新型コロナ対応の始まりは、昨年2月、横浜港に停泊したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号での集団感染でした。

 「僕は県の災害医療コーディネーターで、災害派遣医療チーム(DMAT)を率いる立場でした。県がDMATの派遣を決め、患者搬送の調整にあたりました。当時、感染者を受け入れるためのベッドは県内に74。搬送すべき人は769人もいて、とても追いつかない。ただこの時は『局地災害』だったので、県内のほか宮城から大阪まで全国15都府県の病院が患者を受け入れてくれました。これを機に県の医療危機対策統括官に就きましたが、当時からコロナは市中に、全国へ広がるとわかっていた。増える患者をどこかへ運ぶのではなく、県内でどう診ていくかを考えました」

 ――病院の役割分担と機能集約をし、患者の重症度で入院先を変える「神奈川モデル」につながったのですね。なぜこのモデルを?

 「患者の流れを止めないことが重要なのです。中等症の患者を10人20人とまとまって受ける『重点医療機関』を指定し、そこには重症化リスクの高い患者を入れる。重症者は高度医療機関へ、軽症・無症状者は自宅や宿泊療養へ振り分ける。昨年4月にこの仕組みを始め、5月には重点医療機関として、臨時の医療施設も整備しました。全国初、180床と最大の臨時施設です。しかし、第3波では医療逼迫(ひっぱく)に陥ってしまった」

 ――感染が急拡大した年末年始の第3波ですね。

 「県では、入院患者の増減によるフェーズを設けています。フェーズが上がるごとに病床を増やす計画を作り、11月にはベッドを増やすよう病院に要請しましたが、なかなか増えなかった。今年1月の即応病床数と目標とした確保数には差があったままで、即応病床の利用率は90%台に達しました。反省点は、県内全体の増床総数は決めていても、病院ごとの増床数が明確でなかったことです。そこで、各病院と協定を結びました」

 ――どのような決まりですか。

 「A病院はフェーズ1で4床、2だと12床、3は16床、4になれば28床など、フェーズが変われば3週間以内にその体制を完成させる。今年3月までに約80病院と締結しました。一般の人は見ることができませんが、病院同士はほかがどんな協定を結んでいるかわかる。これが安心感にも競争心にもなり、増床へ背中を押すことになるのです。病床確保は難しい。特にコロナでは、大変です」

 ――なぜ、難しいのでしょう。

 「コロナを診るというと、通院患者は嫌がり、看護師の離職も増えます。だから病院は避けたい。しかし使命感はある。自分だけだと嫌だが、皆がやるならやろう。協定があれば、院長は患者や職員をそう説得しやすくなります」

 「ベッド数とともに大事なのが効率化、つまり医療キャパシティーをいかに広げるかの戦略です。発症から10日過ぎた人を受ける病院の確保や、自宅療養者への医療支援の仕組みづくりも、3波の患者対応と並行して進めました」

第5波では新規感染者が大きく増えることになります。病床利用率もめいっぱいに迫るなか、阿南さんが言い出せなかった「提案」が病院側からありました。記事後半では、新型コロナが、地震や津波などの自然災害とは「大きく違う」理由も明かします。

 ――それでも、この夏の「第5波」には十分ではなかった?

 「3波ピーク時の倍の感染者…

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