第6回巨神の蹴りで「体が飛び上がった」熊本地震で橋が落ちた谷の蹴裂伝説

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真野啓太
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案内板で紹介されている「蹴裂伝説」=熊本県南阿蘇村
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 熊本・阿蘇山に「蹴裂(けさき)伝説」と呼ばれる伝説があります。

 神様が湖を蹴りやぶって水を抜き、土地を開拓したという言い伝えです。

 阿蘇山を蹴りやぶるほどだから、神様はよほど巨大だったにちがいない。巨人の伝承を取材する記者が“巨神”の正体をさぐると、繰り返す自然災害と向き合ってきた先人の姿が見えてきました。

連載「巨人のあしあと」

疫病、天災、飢饉。抑圧、支配。どうにもできない「力」と出くわしたとき、人はどう向き合ってきたのでしょうか。「力」の権化・巨人の伝説が語り継がれている土地を訪ね、考えました。

 伝説が残るのは、熊本県南阿蘇村の立野(たての)峡谷。そこは偶然にも、わたしが5年前、熊本地震の取材で訪れた場所だった。

 2016年4月の熊本地震の発災後、わたしは当時の勤務地・長崎から、阿蘇の取材班に加わった。

 立野峡谷で見たのは、全長700メートルにのぼる巨大な山崩れだった。山頂から崖の下まで、斜面がごっそりと、えぐられていた。

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熊本地震で阿蘇大橋が谷底に崩落した現場。発災から2週間後に訪れたときの写真=2016年5月、熊本県南阿蘇村、真野啓太撮影

 「巨大なスプーンですくったみたいだ」

 卑近なたとえで言語化しないと状況をのみこめないほど、自然は圧倒的で、わたしは無力だった。

 それから4年が過ぎたころ、各地の巨人の伝承を調べ始めた。熊本地震のあとも、豪雨や地震が繰り返し起きていた。先人は自然の強大な力とどう向き合ってきたか、知りたかった。頭にあったのは、巨人がスプーンですくったように見えた山崩れの光景だった。

 各地の民話に目を通すうち、その立野峡谷に、巨神の伝説があることを知った。

 蹴裂伝説は阿蘇山の特殊な地形に関係すると考えられている。

 世界最大級の「カルデラ」だ。

 カルデラとは、スペイン語で鍋。火山活動によってできた、くぼんだ地形のことだ。阿蘇では輪っかになった山脈(外輪山)が直径20キロの大鍋をつくっている。人々は鍋底で生活している。

 鍋には西側に一カ所だけ、割れ目がある。

 それが立野峡谷だ。

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写真の左右から連なる山脈が中央あたりで切れている。神が蹴りやぶったと伝わる立野峡谷。切れ目の右側、山が薄緑色になっている斜面は熊本地震で大きく崩れた跡だ=熊本県阿蘇市

 鍋底を流れる川はこの割れ目から鍋の外へ流れ出ていく。阿蘇盆地に出入りする交通の要衝でもある。

 この割れ目を作ったのが巨神だという。

 阿蘇の大鍋はかつて巨大な湖だった。そこへ神武天皇の孫、タケイワタツノミコト(健磐龍命)がやってきて、外輪山を蹴りやぶった。

 すると湖の水が流れ出て平地ができ、人が住める土地になったという。タケイワタツノミコトは土地を開拓した神として、阿蘇神社(熊本県阿蘇市)にまつられている。

 立野の地名は、山を蹴ったあと、尻もちをついた巨神が「立てぬ」と言ったことにちなんでいるらしい。

 巨神の「蹴り」を体感した、という人がいる。

後半ではNHKの朝ドラ「おかえりモネ」のワンシーンとともに、災害について考えます。

 京都大学教授の大倉敬宏さん…

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