散り際にも感じた「白鵬らしさ」 デーモン閣下が語る大横綱

構成・松本龍三郎
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 大相撲の横綱白鵬が引退を決意した。大相撲ファンでアーティストのデーモン閣下に、白鵬の土俵人生を振り返ってもらった。

 優勝回数や勝ち星などの数字の面ではとてつもない成績を残した。双葉山の69連勝こそ抜けなかったが、あとはほぼすべてを塗り替えた。

 これから5年、10年と経てば、すごい記録を打ち立てたことが、よりクローズアップされるだろう。平成から令和にかけての「最強力士」と言える。

 これだけ長く綱を張れたのには、いくつか要因が挙げられる。一つは四股、すり足や柔軟体操といった基礎的な稽古を他のどの力士より時間をかけてじっくりやっていたことだ。基礎体力を重要視するトレーニング方法は、やはり長持ちの秘訣(ひけつ)だっただろう。

 天下を取って代わるような力士が一向に現れなかったことも無視できない。日馬富士も、稀勢の里もしかり、近い世代の横綱がいろんな理由があって、不本意な辞め方をしてしまった。若手大関は出てきたが、自身を追い落とすほどではなかった。

 モンゴルの英雄とされる父は、57年前の東京五輪に参加している。再び同じ地で開かれる東京五輪を、引退の目安として大きなモチベーションにしてきた。だが、それもコロナ禍で1年延期になった。「さあ、自分の散り様を見せるんだ」というタイミングもなくなってしまい、延命させられてしまったようにも映った。

 圧倒的な実績を上げながら、たびたび批判を浴びた横綱だった。荒々しい立ち合い、審判への抗議、優勝インタビューでの万歳三唱……。彼自身は非常に勉強熱心で、頭脳も優秀な人だと思う。必ずしも相撲に直結しない歴史の書籍を読むなどして、日本の先人の考えを学ぼうとした。それでも、いわゆる日本文化の奥の奥の「美徳」のようなものを完全には理解することはできなかったのだなと感じる。

 土俵外では、東日本大震災の復興支援に努めた。被災地を巡って手数入り(土俵入り)を披露し、率先して他の力士に協力を求めた。賭博や八百長、薬物など数々の不祥事に揺れ動く角界を看板力士として守り続けた。これは実に立派なことだ。

 我が輩は当時、まだモンゴル国籍だった白鵬に一代年寄をあげてはどうかと発言した。これだけのことをしてくれたことに対して、日本人は感謝やお礼の心を持つべきだと考えたからだ。

 また、国際交流を含めた子供たちの相撲大会を主催するなど、今後の力士を育てる活動をずいぶん長くやってきた。その中からすでに幕内力士が何人も出ている。

 内弟子の石浦や炎鵬が活躍していることからも、おそらく独特の指導をしているのだろう。自身の部屋を持たずとも、すでに後進を育てることに貢献している白鵬には、親方としての指導力を大いに期待したい。そして長きにわたり大相撲界を支えてくれたことに最大級の感謝をしたい、一相撲ファンとして。

 進退をかけて臨んだ七月場所では、45度目の優勝を全勝で飾るなど復活した感があったが、既に心中では「最後の一花」という思いがあったのかもしれない。新横綱の照ノ富士が九月場所で見事に優勝を果たし、立派な後継者が出てきてくれたと安堵して引退を決意したのかもしれない。それにしても、出場した最後の場所を全勝で終えたところなど、白鵬らしいなあと思わせられた。(構成・松本龍三郎)