遺伝カウンセリングの役割はお手伝い 答えは自分自身の中にある

浜之上はるか
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 出生前検査などが話題となり、「遺伝カウンセリング」が注目されるようになりました。みなさん、どのような気持ちで遺伝カウンセリングに足を運ばれるのでしょうか。横浜市大病院遺伝子診療科の浜之上はるかさんのアピタルコラム「おなかの中の命を見つめて」です。

申し込むきっかけも、理由も人それぞれ

 遺伝カウンセリングは、自ら望んで申し込まれることもありますが、ふいに主治医から紹介される場合もあります。遺伝子検査を受けるため、遺伝子検査の結果を説明してもらうため、病気や家族への影響について説明してもらうため、などが多いです。

 ただ、なかには、どうして紹介されたのかよくわからない方もいらっしゃいます。他にも、どんな話をされるのかわからなくて不安そうにしている方、必要ない気がしていて面倒だなと感じている方、難しい話があるのかなと緊張されている方、最新の情報をもらえるはずだと期待している方、倫理的な問題を話し合ったり正しさを強要されたりするのではないかと構えている方など、さまざまではないかと思います。

 来られる方が置かれている状況、抱えている思い、求めている内容は人それぞれです。どんな話の場を用意するべきなのかはひとりひとり異なります。

 ただ、いずれにしてもまず、正しく知っていただくことが大切なので、なるべくわかりやすい資料などを準備して臨むようにしています。

 人は、何か課題に向き合うとき、自分がどう考えているのか、どうしたいのか、またはどうすべきなのか、はっきりさせたいと思うのではないかと思います。特に、悩みが深く、受け入れがたいときほど、何かしらの答えを求めるものではないでしょうか?

 遺伝の話や遺伝子染色体の検査についても同じです。何かしら困っている人、悩んでいる人、検査で何かを知るべきかと考えている人に対して、「こうしよう」と決断できるよう、または、「こういうことなんですね」と答えを与えてあげられるよう対応しています。

 しかし、そう簡単ではありません。

 ときに、どうすべきか決められない、自分がどうしたいのかわからない、どうしても受け入れられないということもあります。

 そもそも、答えは誰かに与えられるものや教えられるものではありません。

 ほんとうの答えは自分自身の中にあり、それを自分の力で探し出さなくてはならないものだからです。

無理に答えを決めるのはつらいこと

 とかく世間では、物事をはっきり理解すること、自分の考えをしっかり持っていること、自分の意見をはっきり表せること、一貫していてわかりやすいこと、これらが良いことだと認識されます。自分もそうありたいと思うし、相手にもそうであってほしいと望みます。

 たとえばどんなに複雑な問題に対しても、「答えはこっち」「こうすべき」「自分はこう」「普通はこう」など、一つの結論を出そうとします。

 しかし、実際にはそうはいきません。一つの物事に対しても自分の中に相反する思いを抱くことだってありますし、時によって感じ方は変わるし、そしてまた、そういう捉え方も人それぞれだからです。だから、自分の中にわかりやすくて一貫性のある答えをひとつだけにしようとしない考え方も大事です。

 たとえば、「あの面はいいけど、この面はいやだな」、「基本的にはこう考えているけど、そう思えない時もあるな」、「今はこうだと思うけど、そうじゃないと思ったり後悔したりすることもあるかもしれない」、「自分の立場ならこうだけど、別の立場になればそうじゃないかも」などです。

 確かに、はっきりしている方がシンプルですっきりするのかもしれません。また、多くの人と同じ立場や考えでいるほうが、楽で、安心・安全と感じるかもしれません。はっきりしない思いを抱えたままでいるのは正直、楽なことではないだろうと思います。

 ですが、無理に自分の答えや立場を決めるのは、本当はつらかったりしんどかったりする場合もあります。そうしていることが実は苦しくて(それに自分で気付いていないかもしれませんが)、それを正当化するために違う考えを打ち消そうと必死になったり、排除したり、攻撃したりする場合もあるのではないでしょうか。

検査への思いを素直に認められない

 さて、出生前検査の話題に戻します。出生前検査について、はっきりした意見を持っている方がいます。一般論として語る方もいれば自分はこうだと決めている方もいます。「自分だったら絶対検査しない」とか、「検査しないなんてあり得ない」、「誰だって検査をやるべきではない」、「検査はするべきだ」など……。

 出生前検査の遺伝カウンセリングの場面でも、なかには、頭の中で十分整理できない考えや揺れ動く気持ちを素直に表現されるカップルもいらっしゃいます。

 ただ、検査を受ける意思がとてもはっきりしていて、一切迷いがないご様子の方も少なくないです。そのような方は、自分で検査について十分に情報収集をして、受ける検査についても、結果次第でどのように判断していくのかも、すでに決まっているのだ、というお気持ちで、毅然(きぜん)としているのかもしれません。

 一方で、余計な情報が入って、自分の気持ちが揺らがないよう必死になっている可能性もあります。もしくは、迷いなどがあっては検査を受けさせてもらえないのではないかと思っていたり、自分の中に検査をしないでおこうという気持ちが芽生えないよう気持ちにふたをしたりするかもしれません。

 検査を受けずにはいられない思いを素直に認められない、または検査によってもたらされるかもしれない悲しみや苦悩を直視できない状況なのかもしれません。

 そのような方が望まない検査結果を手にされたとき、その気持ちはどうなるのでしょう?

 検査前の気持ちを保てる方もいるかもしれません。しかし、ふたをしていた気持ちが抑えられず、大きな葛藤となるかもしれません。現実として重い判断を迫られるだけでなく、これまでの自分の考え方との隔たりにがくぜんとするかもしれません。

 自分の中で決めてきたスタンスや思考によって、より傷つくこともありえるでしょう。当事者になったときにはじめて割り切れない思いを知り、そうでない人が安易に結論づけ、わかりやすく単純化した思考だけを信じていることに気づくのかもしれません。

わき上がる感情を受け止める場が遺伝カウンセリング

 だから私は、出生前検査の是非について一般論として声高に論じたり、検査を受ける人に画一的なイメージを当てはめたりするのは、好きではありません。そんなに単純なものではないのです。それでも単純化しようとすれば、多くの方が考えることをやめることにつながるだけだと思っています。

 遺伝性の病気に関する遺伝カウンセリングの場面でも、難しい病気の内容を正しく理解したり、血縁の方への影響に応じて家族で課題を共有したりする必要が生じることも少なくないです。ただ、そんなときも正しさを強要したり、その方の思考をジャッジしたり、結論をひねり出したりするようなことはしません。

 社会的立場、あるいは家庭、家族・親戚関係の中で、率直な気持ちを表せないこともあります。だからこそ、遺伝カウンセリングの場は、それぞれの方が、いまある課題にきちんと向き合って、わき上がっている感情をちゃんと自分で受け止めて、この先どう考えていくとよいのか、どうしていきたいのかを話し合う場であるべきだと思っています。

 もちろん最終的に、自分らしい選択ができるよう、またその方らしい答えが出せるよう、できる限りのお手伝いをいたします。それよりまず大切なのは、はっきりとした考えに至れずにいる現状を知ること、そしてその背景にある自分の素直な気持ちを認めてあげることなんだと思います。すぐに決められず悩んでいる時間やはっきりしないお気持ちも大切にしようと心がけています。

 遺伝カウンセリングを通して、何か明確になるとか、得られるものがあるほうが当然満足度は高いものだと思います。でも、もしスッキリしないままだったとしても、お話のあとに、「来てよかったです」とか「また相談にくるかもしれません」と感じてもらえたらうれしいです。

 ◇ご意見や体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo-k@asahi.comメールするへお寄せください。(浜之上はるか)

浜之上はるか
浜之上はるか(はまのうえ・はるか)横浜市立大学附属病院遺伝子診療科講師
2000年東海大医学部卒。横浜労災病院産婦人科、横浜市立大学附属病院遺伝子診療部助教などを経て、18年から現職。産婦人科専門医・指導医、臨床遺伝専門医・指導責任医。日本遺伝カウンセリング学会の評議員・倫理問題検討委員を務める。