黒板の文字、10年前のまま 震災語り部ガイドが母校で固めた決意

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宮脇稜平
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 東日本大震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島の3県では、体験を語り継ぐ活動を少なくとも計48団体が行っている。震災から10年半が過ぎたいま、担い手の継続的な確保が課題になっている。

卒業式練習中に被災

 東日本大震災の津波で全壊し、震災遺構として一般公開が始まった旧気仙中学校(岩手県陸前高田市)を案内する語り部ガイドに、校内で被災した元在校生が就任した。当時、同校1年生だった小野田未樹(みき)さん(23)。街をのみ込み、日常が突然断ち切られた悲しみをしっかり伝えたい。そんな思いで、近く予定される初仕事に向け準備を進めている。

 教室内にはコンクリート片が散らばり、天井から鉄骨が垂れ下がっている。時計は地震が発生した「午後2時46分」で止まり、黒板には文字が残ったままだ。

 海岸から数十メートルの場所にあった気仙中には津波が3階建て校舎の屋上まで到達した。生徒86人は体育館で卒業式の練習中だったが、高台に避難。校舎は全壊し、体育館は跡形もなく流された。

 市は翌2012年、津波の脅威を伝える貴重な遺構として校舎の保存を決めた。耐震補強を行い、廊下や教室などに柵や案内板を設置。今年5月の一般公開開始に向け、昨秋から、旧気仙中を含む高田松原津波復興祈念公園の市民ガイドの募集を始めた。

 小野田さんは陸前高田市出身。青森県の大学を卒業後、「地元のために動きたい」と、就職を機に同市の隣の住田町に戻った。そして、市のホームページでガイド募集を知った。

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