警官殺しのスウィートバックは国境越えた 黒人映画を変えた独立精神

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 「黒人映画のゴッドファーザー」と呼ばれる米国の映画監督が世を去った。ちょうど半世紀前、彼の作品は米映画界に衝撃を与え、黒人映画の地平を切りひらいた。評論家でミュージシャンの湯浅学さんに寄稿してもらった。

 1991年2月だった。そのころアメリカン・ブラック・シネマに興味が湧き、ちょうどニューヨークの何カ所かで集中的に古典的作品の上映があり、せっせと何十本も観(み)ていた。しかしどこかしっくりこなかった。50~60年代のアメリカ黒人を主人公、あるいは重要なキャストにしている映画のほとんどが白人社会の側から黒人像を描いているものだったからだ。

 のちにスパイク・リーが描いているような、黒人の生活と意見を伝えている作品にはお目にかかれない。日頃ラップやR&Bを聴いていた身からすると、行儀がよすぎるように思えた。たとえば、パブリック・エネミーのラップのような、黒人側からの異議申し立てを顕(あら)わにしている映画は過去になかったのか。そんな疑問が湧いていたある日、題名にただならぬものを感じて観にいった作品があった。

 「スウィート・スウィートバック」

 衝撃だった。感動を通り越し…

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