アンコウの釣り具、インスタ映えの秘訣 社員はライバル心を抱いた

小若理恵
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 江戸時代から続くとされる「播州釣針(つりばり)」の産地・兵庫県内陸部の釣り用品会社が開発した仕掛けが、「インスタ映えする」と評判になっている。ぽてっとしたフォルムにキョロキョロした目玉のマスコットのような仕掛けで、その名も「謎のあんこう」。生産が追いつかないほどだという。開発者に秘話を聞いた。

 兵庫県丹波市釣り針メーカー「ささめ針」。一帯は播州釣針の産地で、包丁やのこぎりなどの鍛冶(かじ)技術から発展し、釣り針の生産が盛んになったとされる。釣り針生産量は2020年に14億3863万本。兵庫県だけで国内シェアの9割に上る。謎のあんこうを開発したのは、同社営業部海外販売課長の織田貴己さん(49)だ。

 主に海外営業が担当。メーカー勤務だけに釣りは好きだが、堤防からアジやイワシのサビキ釣りをしたり、投げ釣りをしたりする程度。そんな織田さんにはずっと気になる魚がいた。おでこの先に伸びたチョウチンをヒラヒラさせて寄ってきた魚を捕食するチョウチンアンコウだ。「釣り針メーカーの社員として、この狩りの手法に強烈なライバル心を抱いたのです」

 このアンコウをモチーフに、商品を作れないか。2019年夏、織田さんの挑戦が始まった。

 何度も描き直した図案をエンジニアに渡し、サンプル製作を頼んだ。しばらくして海外工場から届いたサンプルに、織田さんは目を見張った。「あまりにも可愛すぎる♡♡♡」

 目はシールではなくて、目玉がカラカラと動くタイプで滑稽な表情。想定した形より全体が丸く、可愛さをいっそう醸し出していた。何よりチョウチンの役割を果たすハリスと釣り針が、顔の前にちゃんと垂れるように設計されている。

 ただ、本当に釣れるのか。織田さんは一人で海へ試し釣りに出かけた。

 アオイソメをつけて投げると、いきなりさおをひったくるようなアタリ。約20センチのチヌ(クロダイ)だ。続いてセイゴやフグも食いついた。

 一方で「商品化できるのか」と失敗を恐れる気持ちもあった。背中を押してくれたのが一緒に釣りに行ってくれた後輩の伊藤陽平さん(37)だった。「実際によく釣れるし、インスタ映えもしそうだし、泳ぐ姿もルアーのようで面白い商品になりますよ」

 秋が深まるころ、織田さんは社内の会議で苦心の作を発表した。

 やはり「本当に釣れるのか」と同僚から疑問の声が上がった。「800円は高い」「パッケージには金をかけるべきだ」などと鋭い意見も飛んだ。織田さんは「生産コストを下げ、利幅を削っても低価格に抑えます」と約束。外部デザイナーの提案で商品名は謎のあんこうに決まった。

 篠倉庸良(のぶよし)社長(67)の指示で、すぐにプロジェクトチームが立ち上がった。織田さんを「隊長」に、デザイナーや企画営業担当の若手ら約10人のチームが動き出した。

 試作を重ね、大きさや重さに改良を加えた。可愛さが際立つよう、目の位置や正面から見た形状の高低など修正を繰り返し、より「間抜けな」表情に見えるようにした。

 見た目の可愛さを前面に出し、若い女性や親子など新たに釣りを始める層を取り込めないか。営業企画部の森脇香奈さん(26)と宇津(うつ)有沙さん(26)を中心に、インスタグラムを使ったPR戦略を練った。

 学生時代はスポーツ紙の記者をめざした織田さん。自らつづった開発秘話を、宇津さんが清書してインスタに連載することにした。

 発売前、織田さんの心には期待と不安が交錯していた。サビキの針などは売れ残った場合に安売りもできるが、こればかりは価格を下げても完売できるとは限らない。「そこまでの自信はありませんでした」

 10万個売れれば上々とされる釣り用品業界。はじめは1万5千個と「弱気な生産」で様子を見た。ところが、発売前に2倍の予約注文が殺到し、生産が追いつかなくなった。昨年9月の発売から1年。謎のあんこうは約12万個を売り上げ、あっという間に主役級に躍り出た。

 うれしい反響もあった。「子どもがユーチューブで『謎のあんこう』を知り、毎日ほしいと言っています。ネットで探しても見つかりませんし、釣具店に問い合わせても在庫がありません」。東京に住む小学生の男の子の母親から会社宛てに届いたメールだった。男の子がほしがっていた金色の「ゴールデンシャワー」を送ったところ、男の子から「ほんとうにありがとうございます 夢のようです」と手紙が届いた。

 織田さんは「私が釣りが上手だったら謎のあんこうは生まれていませんでした」と話す。「冗談半分のような」企画を思いついても、みんなで面白がって商品開発に取り組む。若手の意見やアイデアに耳を傾け、SNSを使ったPRなど新しい試みにもスピード感を持って挑戦する。時には、おどけてばかりいる篠倉社長に、若手が「黙って仕事してください」とピシャリ。そんな風通しのよい社風も奏功したという。

 インスタの開発秘話は現在21話。今秋には謎のあんこう(税抜き680円、現在13色)に「フシミノキツネ」など新たに3色が加わる予定だ。

 織田さんは「子どもやファミリー層、特に入門者に『釣りは面白い』と気づいてもらえたら、メーカーとしては本望ですね」。(小若理恵)

コロナ禍、往来自粛要請の自治体も

 全国の釣り用品メーカーが加盟する一般社団法人日本釣用品工業会(東京都)によると、新型コロナウイルスの感染拡大で、屋外でできるレジャーとして釣り人気が高まり、さお、リール、針など釣り用品の売上高が伸びている。2019年の1397億1千万円から20年は前年比6・7%増の1491億3千万円(見込み値)、21年は同5・2%増の1568億2千万円(予測値)に上るとみられる。

 一方、新たに釣りを始める人が増えたことで、マナーの悪さを指摘する声も多く聞かれるようになった。

 資源保護や釣り場の環境保全などに取り組む公益財団法人日本釣振興会(東京都)によると、漁業者の妨げになるとして、釣り人の立ち入りを禁じる漁港も各地で相次いでいるという。新型コロナの感染拡大を防ぐため、釣り人に県境をまたぐ往来の自粛を呼びかけた自治体もあった。事務局長の高橋裕夫(ひろお)さん(73)は「使った後の釣り針やごみは必ず持ち帰り、違法駐車など漁業者や住民の迷惑になる行為は控えて」と呼びかけている。