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出生前検査が身近な存在に 受ける?受けない?様々な視点から

田渕紫織 松本千聖
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 おなかの赤ちゃんの疾患を調べる出生前検査は、より身近なものになっています。こうした現実は私たちに何を問いかけているのでしょう。障害のある子の親や検査を望む妊婦の視点から考えます。

<1>[2]問われているのは

ダウン症 知らない不安こそモンスター 俳優 奥山佳恵さん

 私が次男の美良生(みらい)(10)を妊娠した当時、まだ出生前検査(NIPT)はありませんでした。出産後に訪れた病院で、検査結果の紙に「ダウン症候群」という文字が見えた時は、頭が真っ白になりました。夜な夜な「ダウン症」と検索しては落ち込む、悪循環の日々でした。

 母には生後2カ月すぎまで美良生がダウン症だと言えませんでした。しかし、告げた時の一言で吹っ切れました。さらりと「みんなで育てていきましょうね」と言ってくれたのです。

 彼が0歳の時は「ダウン症という、えたいの知れないモンスターで家がぐちゃぐちゃになるのでは」と恐れていました。しかし、そんな日は来ませんでした。本当のモンスターは、ダウン症についてわからない・知らないことによる不安そのものだったのだと今ではわかります。

 むしろ、健常児で生まれた長男(19)の子育てのほうがよっぽど大変でした。どんなにあやしても泣きやまず、私がパニックになっていました。それに比べると、次男の子育ては拍子抜けするほど普通でした。子育てが大変かどうかは、ダウン症か健常かの違いではないということは、育ててみてわかったことです。

 ただ、これは今だから言えること。私の出産当時、ダウン症児向けに「こういう公的サービスなどのフォローがあります」といった情報は、不思議なくらい誰も教えてくれませんでした。

 元妊婦の一人として、不安だから検査を受けたいという気持ちはとてもよくわかります。でも、産む産まない、の選択はあまりにも重い。出生前検査は何のためにあるのだろうと思ってしまいます。

 胎児の染色体疾患がわかって「サヨナラする」人が9割という報道もありました。ダウン症児の母として、「ダウン症のある子を産んでください」とは言えません。「よく考えてほしい」としか言えませんが、私のように「ヘタレな母」でも、「こんなに普通に生活しています」という一例になれたらと思います。(田渕紫織)

妊婦の思い 社会が受け止めて 明治学院大学教授(医療人類学) 柘植あづみさん

 1990年代から、出生前検査を受ける国内外の女性たちにインタビューしてきました。検査をめぐる厚生労働省の専門委員会にも入り、調査結果をもとに、妊婦や、障害のある子の親といった当事者の声が制度設計に反映されるよう意見を述べてきました。

 日本で出生前検査(超音波検査を除く)を受けているのは妊婦全体の7~8%、35歳以上では25%ほどです。欧米では保険適用されている国もあり、半数~8割が受ける国もあります。検査を受けた妊婦が多くの悩みを伴うのは日本と同じです。

 一方、日本で検査への抵抗感が大きいのは、かつて優生保護法が敷かれ、優生学的な思想のもとで中絶や不妊手術を強いた歴史があることが影響しています。

 ただ、この差別の歴史を「命の選別」という言葉で妊婦だけに負わせてはなりません。子どもを育てていくのは妊婦とその家族であり、検査を受けたいという妊婦の思いは、さまざまな原因から生じてきます。それは社会が受けとめなければならないことです。

 検査を希望する妊婦にどんな背景や経緯があるのか。障害のある子どもを産めないと思うなら、何が障壁なのか。それを私たちが知ろうとしなければなりません。

 検査をめぐる99年の議論では専門家の間に「妊婦は検査の性質や結果を誤解する可能性があるから、本人から尋ねられない限り、情報提供をやめよう」という考えがありました。今回の厚労省専門委員会は20年前の情報提供体制についても見直す方針を示しましたが、課題は多くあります。

 検査は「妊婦の自己決定」とされていますが、正しい情報やどんなサポートがあるのかわからないままで自己決定はできません。ネットで簡単に情報が得られる今、商業化された検査の広告も目立ちます。医療者が妊婦のリテラシーを高めるような情報提供をし、自己決定を信頼する関係を築かなければなりません。

 いまは、検査をめぐって、障害のある子を育てる親と検査を希望する妊婦との間に分断が生まれています。出生前に障害がないとわかったとしても、生きていく中で病気や障害を持つかもしれない。大切なのは、病気や障害があっても楽しく生活していける社会をどうつくっていくかを皆で考えることではないでしょうか。(松本千聖)

他人と比べず 2人の対話肝心 認定遺伝カウンセラー 中込さと子さん

 厚生労働省専門委員会は、出生前検査を検討する妊婦とそのパートナーには事前に「遺伝カウンセリングを行うべきだ」としています。これまでも、採血でダウン症などの有無を調べるNIPTでは、日本産科婦人科学会がつくった指針のもと、遺伝カウンセリングの提供体制が整っていることなどを条件に検査施設が認定されてきました。助産師として遺伝カウンセリングに携わってきた信州大教授の中込さと子さん(看護学)に、その内容を聞きました。

 遺伝カウンセリングは、生まれてくる子が健康か、不安を抱える妊婦とそのパートナーにとっての相談の場の一つです。

 一般に遺伝カウンセリングには遺伝子の検査に対する意思確認のほか、検査そのものや調べる疾患についての情報提供、結果が得られた後の選択肢についての説明などが含まれます。

 私の場合はまず、どうして検査を検討しているかを尋ねます。それぞれのカップルの間に、検査を望むまでの文脈があるからです。「安心」を求める人が多いですが、検査でわかる病気はほんの一部です。何が不安なのか、それは検査で解消できるのかを考えていきます。

 検査を考えるうえで、カップルの対話が肝心だと思っています。「受けるかどうかは2人で決めていいんですよ」というメッセージをはっきり伝えます。「検査はとてもプライベートなことだから、他人と比べる必要や、社会的にどうということは一切ない」とも伝えます。

 NIPTの認定外施設では、遺伝カウンセリングを省いたり、事務的な説明に終始したりする施設もあります。私が妊婦さんたちに伝えたいのは、大切なことを話し合うからこそ時間をかけてほしいということ。検査にアクセスしやすくなり、採血という簡便な方法でできるものもありますが、簡単に受けられる検査ではないということです。

 最近は、出産までの期間、子どもとの暮らしを想像し、カップルや家族で楽しみに準備することが大切であることを知らない方が多いように思います。子どもを迎える「勇気」が持てないことがつらい、そんなご夫婦は少なくありません。

 日本には「五体満足」という言葉が昔からあります。生まれてくる赤ちゃんが元気かどうかということは、親なら誰もが持つ心配ごとです。それはいいのです。ただそこに検査というものを入れることは、やはり特別なステップなのだということを理解してほしいと思います。(松本千聖)

「偏見や無知が敵」「善悪では裁けない」

 フォーラムアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。そのほかはhttps://www.asahi.com/opinion/forum/140/で読むことができます。

●命と向き合い親になる

 我が家は双子でした。出生前検査をするか否か悩みました。結果によってはどちらか選別することにもなりえる。

 しかし、生まれてくる我が子を全力で育てることには変わらないから、検査はしませんでした。

 出生前診断もそうですが、妊娠してから本気で命と向き合うことが多くあり、その経験からも親にされていく気がします。(東京都 40代男性)

ダウン症児の子育て、不幸ではない

 ダウン症の次男を育てています。おなかに宿る命を自らなくしてしまうかもしれない恐ろしさから、出生前診断はしませんでした。生まれるまでダウン症であることは分からず、ダウン症の可能性を疑った時には誕生を喜べず、夫婦で様々な葛藤を抱え過ごしてきました。

 次男は2歳になりました。今私たちが言えるのは、ダウン症児を育てることは不幸ではないということです。毎日笑顔があります。大変なこともありますが子供を育てる幸せは一緒です。

 ただ次に妊娠した時には出生前診断をすると思います。私もそうでしたが、一番は世間の偏見や無知が敵なのだと思います。(東京都 40代女性)

●善悪では裁けない判断

 今年、妊娠20週2日で産声のないお産をした。羊水検査などの選択肢もあったが受けなかった。無事に生まれてくることを願ったが、浮腫が胎児の全身に回っており、この子はおなかの中で亡くなってしまうと医者から宣告された。妊娠は最悪、母体死亡のリスクがある。生まれてこられない赤ちゃんのために、そのリスクを背負い続けられるかどうか。悩みに悩んで決断に踏み切らざるを得なかった。出生前診断、命の選別と言われるが、様々な背景や経緯があり、その判断は善悪で裁けるものではない。親と子の無念を知ってほしい。(京都府 30代女性)

●目の前にある生命、誰もジャッジできない

 現在、出生前診断といえば真っ先に名前が挙がる診断…ダウン症のある子供を育てています。家族や知人は「なぜ検査をしなかったのか」と言われた経験が少なからずあり、出生前診断の持つ意味の温度差が当事者と周囲の間であると感じています。

 陽性とわかって産まないと決めても、子供との別れは避けられず、それを語る場も言葉も少ないのが現状です。また、陰性と言われてほっとした時、なぜそう感じたのか自分の気持ちに目を凝らせば、ひそかにある差別意識に気づくかもしれません。

 私自身は、子の障害がわかってすぐは検査を受けるべきだったかと思いましたが、今となっては目の前にある生命は誰もジャッジできはしないと感じています。(東京都 40代女性)

●夫の一言で視界開けた

 夫に「診断を受けたとしても産むならば受けない方が良い」と言われ視界が開けた。障害の有無に関わらず、生まれてくる子どもに向き合うことができるか否かを気付かせられた。(東京都 40代女性)

●決められない

 難しすぎる。診断を受けるか受けないかは私には決められない。(京都府 10代女性)

葛藤語れる環境 もっと整えて

 出生前検査をめぐる技術は進歩を続けています。積極的に受けるつもりがなくても、超音波でたまたま異常が見つかるケースもあります。「その立場になってみなければわからない」。赤ちゃんの病気の可能性を指摘され、NIPTを受ける予定だという女性がアンケートに記した言葉が、重いと感じます。

 厚労省科学研究班(研究代表者・昭和大の白土なほ子講師)が50代以下の成人男女に行った意識調査では、5割前後が出生前検査に関心を示し、機会があればぜひ受けたいと思う人は約2割でした。関心に応えるように、ネットで調べれば検査を勧めるような情報が出てきます。こうした状況が、検査を受けなければという「圧」にならないか懸念を抱きます。

 取材を通じ、検査を検討する際は、遺伝カウンセリングなどの体制をはじめ、本当に「自己決定」を支えてくれる施設なのかを考慮して選択することが大切だと感じました。特にNIPTでは、認定外の施設で受けてトラブルになるケースも報告されています。検査を考える妊娠初期は、妊婦にとって不安が強い時期です。検査のサポート体制はもちろん、女性たちが不安や葛藤を語れる環境がもっと整えばと思います。(松本千聖)

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