遊び場は昔、軍需工場だった 小6がつくったジオラマ、歴史館が展示

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井上恵一朗
写真・図版
中島飛行機武蔵製作所のジオラマと鈴木杏香さん=東京都武蔵野市立武蔵野ふるさと歴史館
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 遊び場の公園は太平洋戦争中、米軍のたびたびの空襲で標的となり、住民を含め多くの犠牲者が出た軍需工場だった。東京都武蔵野市に住む小学6年生が、夏の自由研究で「中島飛行機武蔵製作所」のジオラマを完成させた。「悲しい歴史を忘れないように」との思いを込めた。

 作ったのは、市立千川小の鈴木杏香(あこ)さん(11)。縦36センチ、横57センチのボード上に、スチレンボードを切り出した大小の工場約30棟が並んでいる。

 主な資料の提供元である市立武蔵野ふるさと歴史館で2日、展示が始まった。同館公文書専門員の高野弘之さん(45)は「記録と記憶の継承には、資料の活用が大事。彼女はきちんと資料を参照して作り上げた。作成過程とともに紹介したい」と話す。17日まで。

中島飛行機武蔵製作所

戦前の国内有数の軍事企業で、武蔵製作所は敷地56万平方㍍の大規模工場だった。戦闘機「零戦」「隼」などのエンジンを生産し、周辺に関連企業も多く、米軍の標的となった。戦争末期の1944年11月~45年8月、9回にわたる爆撃を受け、工場はほぼ機能を失った。跡地は現在、武蔵野中央公園のほか、武蔵野市役所や住宅地となっている。

 同館は米国立公文書館などか…

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