天空の楽園 標高1800メートルのキャンプ場、起源は軍用馬牧場

依光隆明
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 【長野】あるのは空だけ。山に囲まれた信州には、そんな魅力的なキャンプ場もある。

 キャッチコピーは「天空のキャンプ場」。標高1840メートル。空が広い。空が近い。東方に屹立(きつりつ)するのは南アルプスの名峰群。反対に目をやると、下界は雲に覆われていた。

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 切り開かれた山の尾根にぽっかりと緑の平面があった。すでに約20のテントが張られている。空いている場所を見つけ、テントを張る。

 一息ついて火を焚(た)く。焚き火台にたくさんの小枝とワセリン入りコットンボールを載せ、ファイアスターター(一種の火打ち石)をこする。ぼっと火がつき、コットンから小枝に燃え移る。が……。薪(まき)を入れると火が続かない。薪が太すぎるのだ。しだいに暗くなってきた。秋の日はつるべ落とし、と独りごちる。

 「これ、使ってください」

 手がにゅっと目の前に伸びた。薪を細長く割った束を握っている。

 「あ、ありがとうございます」

 要領の悪さを見かねたお隣さんが助け舟を出してくれたのだ。お礼を言い、もらった木を火に入れる。よく燃える。薪に燃え移った。

 周りを見ると、どのテント前でも火が燃えている。火を囲んで楽しくわいわい話しているグループもあれば、じいっと火を見つめているソロキャンパーもいる。それぞれが自分の世界に浸っている。

 お隣さんもソロキャンプ。テントとタープを張り、低めのチェアに座って悠然と焚き火をいじっている。再度のお礼を兼ねて声をかけると、横浜市から来た独身の男性だった。このキャンプ場のよさは? と聞いてみる。答えは「空があいているところ」。「標高1800メートルでこれだけ広い平坦(へいたん)地はなかなかないです。それに安い。1千円は貴重です」。

 利用料は季節ごとに違うが、通常期は1人1千円。頻繁にキャンプする人にとっては料金も重要だ。

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 三峰(みぶ)川の峡谷と南アルプスに挟まれたこの山嶺(さんれい)が切り開かれたのは、戦時中の1943年だった。開拓したのは旧美和村。モミ、ツガを切り払って軍用馬の生産牧場を作った。2年後に戦争は終わり、村には復員兵が帰ってきた。牧場は軍用馬から乳牛に転用され、併せて農耕馬を季節的に預かるようになる。復員してきた人たちがその仕事に就いた。牧場の規模は220ヘクタールだった。

 牧場には小さなキャンプ場が併設されていた。それが今に至るルーツとなるのだが、周囲の高原一帯は歴史の波にほんろうされてきた。

 52年、三峰川に美和ダムができ、村中心部がダム湖に沈む。美和村が合併で長谷村となった後に村の助役を務め、伊那市と合併後は市長谷総合支所のトップを務めた中山晶計(しょうけい)さん(79)が説明する。

 「105戸の人家と100ヘクタールの農地が水没した。残った人たちが生きるためにどうするか。新たな農地開発のために大規模な農業用水路を造ることになっただよ」

 ダムの補償金で造り始めたが、災害で頓挫。地元土地改良区が借金を返すために目を向けたのが鹿嶺(かれい)高原だった。69年、140ヘクタールを村が県に無償提供し、県企業局が別荘地開発に乗り出した。4年後、投げ出した県の後を受け、伊藤忠商事が土地代4億8千万円を村に払って別荘地開発を始めたが、これも頓挫。93年、佐藤工業に渡っていた土地を1億6千万円で村が買い戻した。

 「別荘地にしようとしたのは鹿嶺高原の東斜面。実になる話になればよかったけど。住民の心には禍根を残すことになった。ただ、切り売りされなかったのはよかったな」

 開発話に揺れる間、キャンプ場は細々と整備を続けていた。72年に牧場が閉鎖となったころ、村はキャンプ場まで車道をつけた。これが画期となった。

 「それまでは徒歩で1時間かかったから。道ができてにぎわい始めたな。見直された。なにせ眺望がいいから。三つのアルプスに御嶽山、加賀の白山まで見えるだよ」

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 現在、キャンプ場は清水陽一さん(37)が代表を務める伊那谷山りん舎が運営している。清水さんは岡山県総社市の出身で、「山の観光」というミッションにひかれて伊那市の地域おこし協力隊員になった。2017年のことだ。同年から鹿嶺高原キャンプ場の運営にかかわり、隊員の任期を終えた20年からはキャンプ場運営に専念している。

 「鹿嶺の魅力? 標高1800メートルにキャンプ場しかないというロケーションのすばらしさです。雲海も星空も夜景も写真映えします」

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 テント泊後、起床は朝5時45分。徒歩5分の展望台では、すでに大勢の人がカメラを構えていた。(依光隆明)

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 鹿嶺高原からの帰り、くねくねの山道を国道152号に出たら道の駅「南アルプスむら長谷」に、ぜひ寄りたい。手ごろな名物は、高遠棒ほうじ茶ソフト(税込み450円)。伊那市内の日本茶専門店とコラボし、隣の駒ケ根市のすずらんソフトをベースに仕上げた。濃厚なソフトクリームにほうじ茶の風味が絡む逸品。

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 国道152号を山道に入り約30分。中央道伊那インターからだと、約1時間。施設を保有する伊那市長谷総合支所の山岳高原観光課、高野怜音(れおん)さんは「アクセスがいま一つなので、玄人向けかも」。標高1840メートルの尾根にフリーサイト(テント約20組)、ソロサイト(9組)、オートサイト(15組)。10月は通常営業し、11月は金曜と土曜の宿泊のみ。問い合わせは伊那谷山りん舎(070・3255・1677)。