「んだ、んだ」山形弁を操る米国人 日本語学習44年、今なお勉強中

有料記事

聞き手・鈴木友里子
[PR]

 「んだ」ってどういう意味? 「ん」で始まる日本語は無いと教わったのに、みんな確かに「んだ、んだ」と言っている。この言葉は一体、何なんだ――。米国人のタレントで、「山形弁研究家」でもあるダニエル・カールさん(61)と山形弁との出会いは、こんな感じで始まりました。実はダニエルさん、山形弁だけでなく関西弁や佐渡弁も操ることができます。方言まで身につける外国語習得の極意とは?

1960年、米カリフォルニア州モンロビア市生まれ。高校時代に交換留学生として来日。その後、米パシフィック大時代にも再び来日。関西外国語大で4カ月学び、その後京都に2カ月滞在。新潟・佐渡島での4カ月は、伝統芸能「文弥人形芝居」の師匠に弟子入りした。大学卒業後は文部省(当時)の英語指導主事助手として山形県に赴任し、3年間、英語教育に従事した。その後上京し、企業の営業職などを経て、翻訳・通訳会社を設立。30年ほど前からテレビやラジオなどタレントとしての活動も続けている。

 ――日本に興味を持ったきっかけは何だったのですか?

 「カリフォルニアの南部で生まれ育ちました。日系アメリカ人が多い地域です。ロサンゼルスには(日本人街の)リトルトーキョーもあって、建物も食べ物も全然違うんだなと興味を持ちました」

 「確か中学生の頃かな、ブルース・リー映画が大ヒットして、日系アメリカ人の友達と見に行ったんですね。『こういう武術をやりたい!』と盛り上がりまして、うち1人が既に空手道場に通っていたので、紹介で僕たちも通い始めたんです。やってみると、『これはなかなか、自分の体に合うスポーツだ』と思いました。大きくなってチャンスがあったら、本場の日本さ行ってやってみたい、という気持ちは中学生の頃からありました。高校2年生の時に交換留学制度の話を聞き、すぐに申し込んだんですよ。今から44年も前のことなんですけど、その時代に留学しようと思っていた若いアメリカ人は、英語圏の国とかヨーロッパに行きたがった。日本に行きたいという若者は、当時はそれほど多くなかったみたいです」

 ――日本で最初に住んだのは関西だったそうですね。

 「はい、奈良県智弁学園に1年間留学しました。空手部はなかったけど柔道部に入り、1年間、日本語も一生懸命勉強して。思った以上にやっぱり面白い国だなと思いました。奈良に住んだのが良かったんですよね。古き良きものがたくさん残っていて。近代的な新しくて良いところも、うまい具合にごちゃ混ぜで生活している。それが日本の魅力だと思いました。米国では近所に100年前の建物があったらみんなすごいと言うんだけど、奈良では近所に1200年前に建てられたものがあったんですよ。歴史のある国に来たなと思いました。日本史も勉強し始めました」

 「その後、米国の大学に進学し、在学中に2回目の日本留学をしました。関西外国語大学で4カ月くらい勉強し、京都で2カ月くらい暮らして、その後、新潟の佐渡島で4カ月ほど伝統芸能を勉強しました。方言も地方によって違うことに気がつきましてね。最初の1年半は関西弁ばかり勉強してたんですけど、佐渡に行ったらやっぱり全然違う。方言に興味がわき始めました」

 ――最初はどのように日本語を身につけていったのですか?

 「米国でも図書館で日本語の教科書を見つけ、少し勉強したんです。でも単語にローマ字で読み方が書かれているだけで、正確な発音も分からなかった。智弁学園に着いた時には本当にゼロの状態だったので、赤ちゃんと同じように言葉を覚えねばならなかった」

 「まず周りのみなさんの会話を一生懸命聞くんです。何言ってんだか分かんねえんだけども、よく出てくる単語は何とか聞き取ることができたんです。例えば、関西でしたから、みんな『アホか』ってよく使う。まず和英辞典で調べる。でも、受験向けの和英辞典だから、俗語とか高校生が使う口語的な言葉がそんなに載ってねえんですよね。辞書に無ければ、友達や先生に聞きました」

 「とにかく聞き取った単語を…

この記事は有料記事です。残り3067文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【10/25まで】すべての有料記事が読み放題!秋トクキャンペーン実施中!詳しくはこちら