普賢岳に密着半世紀 ホームドクターが資料寄贈 「後世の防災に」

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小川直樹
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 雲仙・普賢岳に半世紀以上密着して研究を続け、「ホームドクター」と呼ばれた九州大学の太田一也名誉教授(86)の約3千点に及ぶ研究資料が、長崎県島原市の雲仙岳災害記念館に寄贈され、9月から公開が始まった。30年前の噴火災害時に、自治体の助言役も担ってきた太田さんの「後世の防災に役立てたい」という願いが実現した。

 記念館2階の一角に展示された机といす。太田さんが昨年11月まで、雲仙・普賢岳のふもとにある九州大学地震火山観測研究センター(島原市)の執務室で使ってきたものだ。

 太田さんは1967年からセンターの前身となる研究所に常駐し、山の変容に日々、目を光らせてきた。90年11月の噴火開始から自衛隊ヘリに900回搭乗して火口を観測。91年6月、43人が犠牲になった大火砕流の直前には、まだ恐ろしさが知られていなかった火砕流の危険性を訴えた。未知の噴火災害への対応に頭を抱える自治体の判断を支え、96年6月には噴火活動の終息宣言も行った。

 寄贈された資料は、山頂で崩落と形成を繰り返した溶岩ドームを連日上空から撮影した写真群や地形図、自衛隊や自治体と連携して災害対応にあたった際の記録、噴火前から収集していた雲仙温泉の試料、世界各地の火山から集めた溶岩石など多岐にわたる。91年に被災住民を見舞った天皇(現上皇)ご夫妻が、太田さんから普賢岳の説明を受けた際に手に取った溶岩も常設展示が決まった。

 「火砕流・土石流」「地質」「防災」などテーマごとに目録を作成。来館者が申請すれば、その場ですべて閲覧できる。長井大輔学芸員は「火山学分野だけでなく、行政の危機管理上の対応もうかがい知れる1次資料ばかり。次の噴火に備えるうえで、どれも貴重だ」と話す。

 太田さんは98年に退官後も、センターの執務室で研究を続け、2年前に回想録を出版した。長く気にかけていたのが、膨大な研究資料を託す先だった。

 地元の災害記念館に託すこと…

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