「コロナ下でも平和授業を」 大阪大空襲の証言DVD完成、貸し出し

武田肇
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 今年12月で太平洋戦争が始まって80年。大阪大空襲の体験者の証言を記録したDVDが完成した。反戦、反差別を掲げる月刊ミニコミ紙を発行する「新聞うずみ火」(大阪市)が制作。コロナ禍で体験者を招いた平和授業が困難になっている小中学校で活用してほしいと、貸し出しをする。

 DVD「語り継ぐ大阪大空襲」は30分。小中学校の授業1コマが45分であることを考慮し、視聴後の15分間で意見を述べあったり、感想文を書いたりできるように意識した。

 登場するのは、空襲時0~12歳の女性3人。

 藤原まり子さん(76)=大阪市東住吉区=は、生まれて2時間後に第1次大阪大空襲(1945年3月13~14日)に遭い、左足に大やけどをした。左足は変形して成長が途中で止まり、中学2年の時、大腿(だいたい)部から切断した。空襲の記憶はないが、空襲で受けた被害の苦しみを一日も忘れたことはない、と明かし、「戦争がなかったらこんなに悩まんでもええのに」と語った。

 吉田栄子(はえこ)さん(87)=大阪府田尻町=は同じ第1次大阪大空襲で、難波周辺の自宅が全焼し、両親ときょうだい3人、同居していた叔父家族4人の計9人を亡くした。当時10歳。自身は疎開中で命を取り留めたが、孤児に。戦後は親戚宅を転々とした。「親の愛情は一切受けられないわけですから、つらかったですね」

 両親が日本統治下の朝鮮半島出身の在日コリアン2世の鄭末鮮(チョンマルソン)さん(88)=滋賀県野洲市=は、第3次大阪大空襲(45年6月7日)で母と兄、妹、弟の4人を亡くした。当時12歳。死体につまずきながら逃げるといった「生き地獄」のような記憶を忘れることはなかったが、差別へのおそれから70代まで通名(日本名)で暮らし、空襲体験も口にできなかったと打ち明けた。「戦争してええことって何もない。100のうち一つもない」と語った。

 新聞うずみ火代表の矢野宏さん(61)は、取材で知り合った空襲体験者らと小中学校で年約20回、出前授業を続けてきた。それがコロナ禍で激減したことがDVD作成のきっかけだ。クラウドファンディングで制作費60万円を集めた。

 矢野さんは出前授業の冒頭、子どもたちに必ず「今日は戦争反対を言いに来たのではありません。証言を聞いて、戦争をどう考えるかは君たちです」と伝えてきたという。

 DVDは大阪市中央区の大阪国際平和センター(ピースおおさか)に寄贈して貸し出してもらうほか、新聞うずみ火編集部(06・6375・5561)でも貸し出す。

 9月25日、教員らも参加して完成試写会が開かれた。矢野さんは「体験者の証言を昔話としてではなく、子どもたちが大人になったとき、どんな社会を作りたいかを考える材料として生かしてほしい」と話した。(武田肇)