第2回「スポーツで一つに」政治が言うと危うい 為末さんが思う両者の関係

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聞き手・宮崎陽介
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 「スポーツで一つになる」。今夏の東京五輪では、そんな耳あたりのいい言葉が飛び交った。ただ、政治がその言葉を使うとき、危うい響きを帯び始める。日本のスポーツ界が、政治と適切な距離を保つためにはどうすればいいのか。“走る哲学者”の異名をとる元陸上選手の為末大さんは、「自立」に向けた意思と努力が欠かせない、と指摘する。

世界がコメントに注目する

――今大会、選手が政治的主張をすることをIOCは一部容認し、人種差別に抗議する示威行為が見られました。

為末 ブラックパワー・サリュート(黒人差別に抗議する示威行為。1968年メキシコ五輪ではアフリカ系米国選手が表彰台で黒手袋をした拳を突き上げ、選手団から追放)、あれを禁じたところ、ずっと反発の声があって、今回、IOCが容認したと思うのですが、それは基本的にとてもよいことだと思う一方、どこで線引きをするのかがすごく難しい。

 たとえば、パリ大会あたりで、もしかすると来年の北京でも、米中の選手がお互いに政治的コメントをするみたいなことがあるかもしれない。米国の選手たちと違って、中国の場合、それが選手たちの意思なのか、そうじゃないのか分からないまま主張を許容してしまうことになるところが、とても難しい。でも、「政治的なものは、なし」と言っている割に、とても政治的なことを五輪はやってきているではないかという思いもあります。いろんなコメントをこれほど世界が注目する場面は、アマチュア競技ではなかなかないので、そこで自分の主張を言えるというのは、とても大事なこと。なるべくなら、社会の中の差別に反対するなど、ポジティブな訴えがいいですね。

――やる・やらない、観客を入れる・入れない、再延期する・しない……。五輪が政治に翻弄(ほんろう)された形ですが、スポーツと政治のあるべき関係については。

後半では日本のスポーツ界の問題点や、SNSでの選手への誹謗中傷についても考えます。さらに、為末さんからメディアへの注文、今後の五輪が目指すべき点も伺います

為末 米国陸連の運営には、た…

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    中小路徹
    (朝日新聞編集委員=スポーツと社会)
    2021年10月12日8時55分 投稿

    【解説】 国内のスポーツ団体が「自立」した事例としては、1989年に日本オリンピック委員会(JOC)が、日本体育協会(現・日本スポーツ協会)から分離して独立した歴史があります。  1980年モスクワ五輪ボイコットからの流れがありました。モスクワ五

連載為末大が語る五輪とスポーツ(全2回)

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