改革派、故・趙紫陽氏宅で最後の集い 党側の指示で家族が退去終える

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北京=高田正幸
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 中国共産党の改革派指導者で、1989年の天安門事件で失脚した趙紫陽(チャオツーヤン)元総書記が晩年を過ごした家が北京市内にある。趙氏の家族が9月末にこの家を退去し、今月7日には趙氏を慕う約30人が自宅に集まり、最後の別れを告げた。政治改革を志した趙氏を慕う人びとが命日などに集まって交流をしてきたが、そうした場所が失われる。

 7日には、趙氏の家族がゆかりのあった市民らを招き入れた。四合院づくりの家からはすでに家具は運び出された後だったが、家族と市民らは庭で記念撮影をしたり、柿の木の枝を分け合ったりして名残を惜しんだ。

 趙氏の部下だった元党幹部の男性は「改革開放を志す私たちにとって象徴的な場でもあり、自由に意見を交わせる貴重な場でもあった。非常に無念な気持ちだ」と語った。

 趙氏は失脚後、05年に死去…

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