弓の名手・浅利与一を顕彰 没後800年、中央市が催し企画

永沼仁
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 【山梨】平安・鎌倉期の弓の名手、浅利与一の没後800年を記念した催しが、今月から中央市で始まった。平家物語にも記された武将だが、源平合戦で扇を射抜いた那須与一ほど知られておらず、地元でも影が薄い。企画展や祭りを開き、知名度アップを狙う。

 浅利与一は、旧豊富村などを治めた源氏の有力な武将。壇ノ浦の戦いでは、4町(約440メートル)先に弓を飛ばしたことが平家物語に記述され、那須与一らと並び活躍したとされる。

 市内には浅利与一の墓と伝わる層塔がある。承久3(1221)年9月7日に73歳で亡くなったという位牌(いはい)も残ることから、市では今秋を没後800年と位置づけ、多彩なイベントを開くことにした。

 目玉は、豊富郷土資料館で開く企画展「甲斐源氏浅利氏館はどこにあった? 浅利氏の館を探る」。浅利一族の館の場所について、豊富地区の5カ所の候補地を挙げ、それぞれの可能性について解説した。

 パネルを見ていくと、簡単な塀や細い溝で囲まれただけの中世前期の武士の館の構造、洪水の被害を受けにくい場所に立つ神社や、平安後期の浄土思想の影響を受けたと思われる寺など、地域の歴史を学ぶことができる。

 9日午後1時半からは、「甲斐源氏浅利氏館はここだ!?」と題したパネルディスカッションを開き、郷土史の研究者らが館の推定地を決める。16日には散策会もある。子ども向けの企画としては、11月7日には、「わんぱく与一まつり」を開き、段ボール製の甲冑(かっちゅう)を身に着けた子どもたちによる行列などがある。

 市生涯教育課では「与一というと、那須与一を思い浮かべる人が多く、市民でも、特に若い人は知らない人がいる。郷土の歴史にもっと目を向けてほしい」と話す。

 企画展や公開討論会の問い合わせは、豊富郷土資料館(055・269・3399)、そのほかのイベントは市生涯教育課(055・274・8522)へ。(永沼仁)