交通捜査支える最強DBに迫る 執念でそろえたカタログ1万7千冊超
「日本の地上を走る車をほぼ網羅する」
愛知県警の幹部は豪語する。
街でよく見かける国産乗用車から、「世界限定1台」の外国車まで、1万7千冊以上のカタログ。カーマニアのコレクションではなく、県警が40年以上にわたって集めてきた捜査資料だ。
車種を特定する捜査に活用され、他県警からも頼りにされる巨大データベースになっている。
「マツダ ロードスター」
「外車 フランス」
県警交通捜査課の書棚に、メーカーや国別に分類されたファイルがひしめくように並ぶ。
車の前後左右の写真の切り抜きと、サイズや性能の諸元表が台紙に貼られ、「ストライプ2本」など、細かい特徴のメモ書きもある。
近年は同じ車種でもオプション(装備)が多様化し、切り抜かずに冊子のまま保存している。
1978年の資料には、この年に販売が始まったトヨタのクーペタイプのスポーツカー「セリカXX」があった。
大きな写真が台紙からはみ出している。
同じ車種でも製造時期によってマイナーチェンジで微妙に違うことがあり、常に収集を怠らない。
同課交通鑑識係の濱口美咲巡査長(28)は「新車情報を雑誌やネットで見つけたら、すぐディーラーに問い合わせます」。
中には救急車や自動車学校の教習車もある。
BMWの最上級セダン「7シリーズ」の2018年のカタログには「世界限定1台」と記されていた。
果たしてこれも、捜査に役立つ時が来るのか。
濱口さんは「限定車があると把握しておくことが大事なんです」という。
1970年代後半、事件の聞き込みの際の資料としてカタログを使ったのが収集のきっかけとみられるが、詳しい経緯を知る捜査員はもういない。
愛知は全国屈指のクルマ社会。交通事故も多発するなか、ひき逃げ事件での車種特定などの捜査に活用されてきた。
手がかりは防犯カメラの映像や、現場に残された部品など。それらとカタログとを見比べ、車種を割り出す。
この夏、県内で夜間に起きたある当て逃げ事故は、ドライブレコーダーの不鮮明な映像だけが手がかりだった。
暗がりのなか、横から飛び出してきた車の前部がわずかに映っていた。
割り出しを依頼した署の担当者は、トヨタの「アクア」と推測した。
だが、濱口さんは違和感があった。
似ているけどしっくりこない。限定車でもないはず――。
同僚らと映像を眺めながら、濱口さんは考えた。
ランプの位置や、ボディーの形など、気づいた点をメモに書き出すと、引っ張り出してきたカタログをぱらぱらとめくった。
違和感の正体は、グリルとフォグランプの微妙な出っ張り方の違いだった。
注意しながらカタログと見比べた末、特徴に合うのは、同じトヨタの「ヤリス」と断定。その後、捜査を進めた署が、ヤリスの所有者を検挙した。
もともと車に興味はなかったという濱口さんも、3年前に同課の交通鑑識係になってからは、すれ違う車を目で追い、ランプの位置など細かい特徴を眺めるようになった。
休日、家族と一緒にいても、ついつい車に目が行ってしまう。
カーカタログのデータベースは、他県警からも注目されている。
事故が頻発する愛知には、全国から若手警察官が出向してきている。帰任後に口コミで広めているらしく、近年は各地から車種の割り出しの依頼が舞い込むようになった。
触発されて、独自にカタログの収集を始めた県警もあるという。
濱口さんは言う。「先輩方がアンテナを高くして集めてきてくれた貴重な資料。財産であり武器です」(柏樹利弘)
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