思い出の焼きめし守りたい 閉店危機のラーメン屋、後継いだ元常連客

吉川喬
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 岡山県総社市のJR総社駅の南東にのれんを構えるラーメン店「のんきぼう」は創業43年。「年には勝てん」と、60歳を過ぎた店主が引退を決めた。高校時代にここへ通い詰めた坂手康真さん(44)が、その話を知ったのは1年ほど前のことだ。

 店に近い総社南高の出身。野球部の思い出の一つは、ここで仲間と腹ごしらえをした時間だ。特にお気に入りはパラパラの焼きめし。出色の食べ応えで、客の7割が注文する。地元では「ソウルフード」の異名を持つ。

 大阪の大学に進み、卒業後はいくつか仕事を変えた後、岡山へUターン。2011年からは岡山市のラーメン店で店長をやった。初めからやりたかったわけではなく、このときは知人にたまたま誘われたから。10年近く勤めたが昨年、コロナ禍が直撃して店が休業し、再開の見通しが立たなくなった。

 のんきぼう店主の引退を聞いたのは、そんなときだった。いてもたってもいられなくなった。

 「思い出のこもった店だから守っていきたい」。率直な思いを昨年8月、店主に伝えた。後継ぎが見つからなければ閉店も考えていた店主は、その熱意に感謝し、今後を託してくれた。

 見習い修行が始まり、最初は戸惑った。

 調理マニュアルは一つもない。ラーメン店で長く働いたものの、中華鍋を扱った経験もなかった。翻弄(ほんろう)されながら、一つ一つを体で覚えた。

 焼きめしの難しさは、大きめに切ったたまねぎの甘みと、チャーシューの塩味のバランスにある。うまみが逃げないよう、素早く火入れをして、テンポよく鍋を振ることも求められる。

 まかないとして作っては、ベテラン従業員の指導を仰いだ。「味が薄い」「油っぽい」。容赦ないアドバイスがいくつも飛んだ。中でも、普段は寡黙な店主の言葉は胸に響いた。

 「焼きめしはどんな時も80点以上をとれ。そうすれば客は離れない」

 必死に中華鍋を握っているうちに、自信がついた。店主を正式に引き継いだのは今年5月。看板も外観も設備も全部そのままにした。

 それから1カ月ほどして、引退した店主がふらりと店に来た。注文したのはもちろん焼きめし。緊張しながら口に運ぶのを見ていると、ぽつりと言われた。「おいしいな」

 店に貼られた「お知らせ」は、店主が引退時に書いたもの。《これからも来店して下さった皆様を笑顔に出来る店で有り続ける事を願いながら応援していきます》と記されている。

 のんきぼうは総社市駅南2丁目2―3。午前11時~午後2時半と午後5時~午後8時半、木曜定休。焼きめし(普通盛り)は税込み650円。(吉川喬)

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