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東大病院辞め被災地へ 医療でまちづくり、リアル菅波先生が選んだ道

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編集委員・石橋英昭
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 東日本大震災に、背中をぐいっと押された。熊本県出身の医師、田上(たのうえ)佑輔さん(41)はこの10年、東京と東北を行き来しながら、支えたい人たちに出会い、自分に何ができるかを探してきた。そう、被災地を舞台にしたNHKの朝ドラ「おかえりモネ」の、あの登場人物のように。

 現在は宮城県登米市にある「やまと在宅診療所」の院長で、常勤医13人、スタッフ計160人を抱える医療法人の理事長。2011年の震災時は、東大病院の若き外科医だった。

 伝わってくる被災地の惨状にいても立ってもいられず、「誰かの役に立ちたい」と、2週間後には南三陸町の避難所にいた。

 子どもたちのためにお祭りをしたり、東京の若者に被災地を見せたり。毎月通ううち、見えてきたのは地方の医師不足の問題だ。県庁に電話し、どこが一番困っているかを尋ねた。教えられた登米市民病院で、日曜の当直医を交代で引き受けることに。

 1年間ほど続けた後の13年4月、同病院の敷地の一角を借りて、在宅診療所を開設した。出会った地元の人たちと一緒に、登米をもっとよくしたいと思った。

 東大病院は辞めた。ただ、東京で別の診療所に籍を置き、完全に移り住むことはしなかった。医師がたとえば1週間おきに都市部と地方を循環する。そんな新しい働き方をつくれば、地方に目を向ける医師が増え、ひいては医師不足解消につながると考えたのだ。

 一人また一人と、仲間が加わり、傘下の診療所は大崎、栗原、岩手県一関、横浜市などに増えた。田上さんも日曜に登米に来て、木曜に東京の自宅に帰る生活を続ける。

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