悔しい待遇、「7歩」で開いた世界の扉 一時代築いたハードラー引退

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加藤秀彬
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 今季、東京オリンピック(五輪)に向けて大きく躍進した、日本の陸上110メートル障害。しかし、つい最近まで世界大会に出場さえできなかった。苦しい時代を懸命に支えてきた選手が、引退した。

 中高大、実業団と全ての年代で日本一をつかんだリオ五輪代表の矢沢航(30)=デサント=。9日、出身の法大陸上競技場で引退レースを終えた。

 世界から一番遠いと言われてきた110メートル障害がいまは、活況だ。今年6月の日本選手権で泉谷駿介=順大=が今季世界5位となる13秒06をマーク。矢沢の後輩、金井大旺=ミズノ=も今季、泉谷に次ぐ日本歴代2位の13秒16を出した。

 この種目は世界大会に代表を派遣できない時代が続いた。11、13、15年の世界選手権、12年ロンドン五輪で代表選手はなし。参加資格を満たす選手がいなかった。

 矢沢は言う。「400メートル障害は代表がたくさんいて、待遇の格差もあった。世界のことが想像でしか分からない。何とかしたいという使命感があった」

 16年6月の布勢スプリント。その壁を破ったのが矢沢だった。13秒47の当時日本歴代3位をマーク。参加標準記録を突破し、リオ五輪の切符をつかんだ。

 この年の飛躍には、当時の日本では異例の挑戦が背景にあった。

 矢沢は12年秋から、1台目…

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