2人の天才追った小三治さん らしさ光った会見、忘れられない笑顔

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井上秀樹

 柳家小三治さんが10月7日、亡くなった。

 マクラで話題をあちこちに振って客を揺さぶり、とぼけた口調で噺(はなし)の世界へ入っていく。柳家小三治さんを後年から聴くようになった人には、落語を自在に操った仙人のような印象があるだろう。でも、若手時代はテレビのバラエティー番組にも出演し、タレント的な活動もしていた。

 同じ道を行く2人の先輩がいた。学年で二つ上の古今亭志ん朝と、四つ上の立川談志だ。ともに高座で活躍しながら、テレビの売れっ子でもあった。

 志ん朝はともに噺の筋でおかしく聴かせる「古典の本格派」と称されたが、型破りな名人だった古今亭志ん生の次男が醸す落語家の風情に、小三治さんはどこか引け目を感じていたようだ。「技術・知識、表現力では劣ると思わないが、あの生来もっている雰囲気にはかなわない」と語ったことがある。1983年に「子別れ」の通し口演をする際も、すでに演じていた志ん朝を「あの人は天才だからな」と評したという。

 一方、落語プロデューサーの京須偕充(ともみつ)さんによると、志ん朝も「噺や演じ方が似ている」と、小三治さんを気にしていたらしい。あるとき、鎌倉で志ん朝との二人会があった。小三治さんは「金明竹」など2席で先に客を大きく沸かせた。志ん朝を残して楽屋を去る際、こう言ってニヤッと笑ったという。「アニさん、泡食ってるね」

「まあ談志さんとは…」

 談志が亡くなったとき、小三…

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