「早く新指針を」広島市に約200人 「黒い雨」、手帳求め集団申請

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岡田将平、福冨旅史
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 広島への原爆投下後の「黒い雨」をめぐり、広島市の189人が11日、市に被爆者健康手帳の交付を集団申請した。7月に原告84人全員を被爆者と認めた広島高裁判決を受け、菅義偉前首相が、原告と「同じような事情」の人の救済も早急に検討するとの談話を出している。手帳を交付するための新たな指針が策定されることを見越しての申請となった。

 集団申請したのは、裁判の原告と同様、国の援護対象外の地域で「黒い雨」を浴びるなどした人たち。被爆者団体や広島市などには9月下旬時点で、被害を訴える人から700件以上の相談が寄せられ、準備が整った人がこの日、市が用意した申請会場を訪れたり、支援者に書類を預けたりして申請した。今後も続く見通しだ。広島市以外に住む人々も11日以降、各自治体に個別に申請するという。

 原爆投下時4歳だった同市佐伯区の植田あき江さん(81)は、ものすごい音がして黒い雲が立ち上ったのを覚えている。しばらくして、雨が降り、それが口に入ってきた。戦後、「嫁に行けなくなる」と祖母らからは雨を浴びたことを伏せるよう言い聞かされた。結婚後、夫にも黙っていた。

 60歳ごろ、「黒い雨」の被害者の会を知り、子どもの時から様々な病気を繰り返してきた人生と「黒い雨」がつながった。11日、初めての申請に臨んだが、「すっきりはしていない」と顔を曇らせた。新指針をまだ示さない国には失望するし、病気のつらさが変わるわけではない。ただ、「本当に(黒い雨で)そういう目にあったと認めてもらえたら、ちょっとは楽になる」と手帳を望む。

 菅氏の談話後、広島県広島市厚生労働省の担当者はこれまでに4回、オンラインで協議した。ただ、具体的な新指針案は示されないままで、策定時期も固まっていない。

 訴訟の弁護団の竹森雅泰事務…

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