キリスト教棄教は偽装? 遣欧使節・千々石ミゲルの墓が示す可能性

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今井邦彦
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 16世紀、九州のキリシタン大名の名代として欧州へ派遣された「天正遣欧使節」4人の1人、千々石(ちぢわ)ミゲル(1569?~1633)のものとされる墓が長崎県で8~9月に発掘調査され、人骨が出土した。すぐ隣では4年前、ロザリオ(キリスト教の聖具)を持った女性の骨も見つかっており、棄教したとされてきたミゲルの後半生に光が当たりつつある。

 「ミゲルの墓」は2004年、長崎県諫早市(旧多良見町)で見つかった。高さ約1・8メートルと巨大な墓碑には日蓮宗(法華宗)信徒を示す「妙法」の文字と、1633年に相次いで亡くなった夫婦の戒名が刻まれ、施主としてミゲルの四男・千々石玄蕃(げんば)の名前があったことから、ミゲルと妻の墓と推定された。

天正遣欧使節とは

 1582(天正10)年、九州のキリシタン大名・大友宗麟、有馬晴信、大村純忠の名代として長崎からローマに出発した、千々石ミゲル、伊東マンショ、原マルチノ、中浦ジュリアンの少年4人らの使節団。84年にスペイン王・フェリペ2世、85年には教皇・グレゴリウス13世と、後継のシクストゥス5世に謁見(えっけん)。90年に帰国し、豊臣秀吉にも面会した。

実は信仰を守り続けた?

 2017年には墓碑の下が発…

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