出雲の異界、あの世は地下か海の果てか 日本海紀行

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編集委員・中村俊介
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 真っ青な夏空のもと、荒波打ち寄せる日本海の寂寞(せきばく)とした印象はなかった。ひなびた民家が軒を連ねる島根半島の東端、美保関(松江市)の漁港。『出雲国風土記』が伝える国引き神話の舞台に、美保神社は鎮座する。

 国造りに励んだオオクニヌシともゆかりが深く、ご祭神は妻のミホツヒメと息子コトシロヌシだ。ただしこの2柱に血のつながりはなく、肝心のオオクニヌシの影も薄い。

 海辺を伝って5分ほどか。こんもりと緑が覆う山の頂に、ささやかな末社があった。客人(まろうど)社という。ここにオオクニヌシはまつられている。けれど、妻や息子がいる美保神社の壮大さに比べてずいぶんと地味で、なにかわけありな感じだ。来訪神を思わせる「客人」という名称も、いささか妙ではないか。

 「少なくとも江戸時代にはそうなっていたので」と美保神社。創建時の資料なども残っていない、とのこと。ただし神話に詳しい千葉大名誉教授の三浦佑之さんによると、もともとのご祭神は、オオクニヌシが北陸の高志(こし)で見初めたヌナカワヒメとの子ミホススミではないか、という。

 ミホススミは『出雲国風土記』の、美保の郷の地名由来譚(たん)で登場する神だ。なるほど、国引き神話ではここはかつて母神の出身地、北陸地方の一角だけに、因縁があってもおかしくなさそう。対して、いま美保神社に鎮座するミホツヒメは名前こそ地名と似ているけれど、実は高天原の出身だ。オオクニヌシの妻同士、ここでも高天原の神と国津神とのせめぎ合いを見るようで、なにやら穏やかではない。

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