第1回村上春樹さんと小川洋子さん、イベントで朗読とトーク 読んだ作品は

柏崎歓 興野優平
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 作家の村上春樹さんの本や資料を集めた「早稲田大学国際文学館」(通称・村上春樹ライブラリー)が今月開館した。文学研究の拠点になると同時に、新しい文化や創造の生まれる場にもなりそうだ。

 村上春樹さんと小川洋子さんがそれぞれ自身の作品を朗読し、創作などについて語り合う催しが9日に開かれた。開館を記念して企画された朗読イベント「Authors Alive!~作家に会おう~」の第1回。コロナ禍を考慮して参加人数を絞り、早稲田大の学生らわずか十数人が見守った。

 「本当はもっとにぎやかにやりたかったんですけど、コロナがまだ収束していないんで、人数を絞って開催することになりました」。ジーンズにスニーカー姿の村上さんが客席に語りかけて、朗読会は始まった。

 本にじっと視線を落として淡々と読み進める小川さんと、何度も客席に目をやりながら語りかけるように朗読する村上さん。小川さんは初期の短編「バックストローク」(新潮文庫『まぶた』所収)と、長編『小箱』(朝日新聞出版)の一節を読み、村上さんはやはり初期の短編「とんがり焼の盛衰」(講談社文庫『カンガルー日和』所収)と、阪神大震災をきっかけに執筆した「アイロンのある風景」(新潮文庫『神の子どもたちはみな踊る』所収)を朗読した。

 「アイロンのある風景」には、関西弁を話す「三宅さん」という人物が登場する。村上さんは「なんでこれを読むかというと、僕の関西弁を聴きたいという人がいろいろいて、じゃあ関西弁満載でやろうじゃないかと」。高校まで関西で過ごした村上さんは、当然のことながら堂々たる関西弁を披露した。

 物語の舞台は茨城県の海辺の町。高校3年の5月に家を出て町に来た「順子」という女性が、流木を集めては海岸でたき火をする関西弁の男性と出会う。

 「1995年に阪神大震災があって、それについていくつか短編小説を書こうと思って。神戸のことはいっさい出さない、地震の情景はいっさい出さない、そういう縛りのなかで地震というものを書きたいという気持ちがあった」と村上さんは執筆当時を振り返った。

 小川さんは「たき火をしているだけの小説なのに、そのたき火のなかにいろんなことが隠れ、燃やされている」と話した。「三宅さんの家族のことも、順子さんと父親の関係についても書かれていないんですけど、たき火のなかに受け止められていく」

 小川さんは兵庫県在住で、大の阪神タイガースファン。一方の村上さんはヤクルトスワローズのファンとしても知られ、朗読の合間には野球談議も繰り広げられた。

阪神ファンの小川さん、ヤクルトファンの村上さん、気になる優勝の行方

 この日のセ・リーグの順位はスワローズが首位、タイガースは2位。スワローズのキャップを手にして「マジックナンバーがつきました」とうれしそうな村上さんに、小川さんは「阪神がぶっちぎりで優勝のはずだったんですけど」と恨めしそうだった。

 2人は会場からの質問にも応じた。「小説を書くときに、人生経験ってどれくらい意味がありますか」と尋ねられ、村上さんは「それは人それぞれ。僕の場合は20代の10年間がなければ書けなかった」と答えた。

 「記憶が重なり合って絡み合って想像力になるって僕は思ってる。でも、いくら経験を積んでもそれをうまく組み合わせられない人は、ものは書けないですよね」と村上さん。小川さんも「文学の回路みたいなものを18歳で持ってる人もいるし、いくつになっても持てない人もいるということなんじゃないでしょうか」と語った。

 この日のイベントは、文学館に入ってすぐの、トンネルのような、あるいは洞窟のような、建物のなかでいちばん印象的な空間で開かれた。

 村上さんは自身が小説を書く姿勢について、「洞窟時代の語り部」だと過去のインタビューで語っていた。

 自身にとって読者とは、洞窟のなかで一緒にたき火を囲み、自分の話に耳を傾ける人たちなのだと。その話をそのまま形にしたような会場に温かい拍手が響いて、この日のイベントは幕を閉じた。

 「Authors Alive!~作家に会おう~」は全6回の予定。詳細はウェブサイト(https://www.waseda.jp/culture/wihl/別ウインドウで開きます)で。(柏崎歓)

地下へ降りる階段の先に

 文学館の外観は流れる帯のようなひさしが特徴的。地下へと降りる広い階段の両脇は本棚の壁になっている。階段本棚=写真=は館の象徴だ。

 地下1階には村上さんの書斎を再現した一角がある。早稲田大学在学時に開いたジャズバーに置かれていたグランドピアノも展示されており、学生が運営するカフェもある。

 1階には村上さんが寄託した自著や、世界各国で翻訳された村上作品が並ぶ。レコードコレクションの一部が展示されたオーディオルームもある。3階から5階までは非公開の研究施設。村上さんについての雑誌記事や論評などのスクラップブック約600冊分などの資料があり、研究が待たれている。

 本は貸し出しをしないが、1階ラウンジスペースなどで読むことができる。(興野優平)