「あの時電話していたら」 元気象台長の後悔、築いたホットライン

高橋杏璃
[PR]

 天気予報は時に人々の生命に直結する。AAB秋田朝日放送の夕方ニュースの気象キャスターになって3年目。元秋田気象台長の和田幸一郎さん(63)には、忘れられない記憶がある。

 もともと気象の世界を志していたわけではない。高校卒業後、半年間の陸上自衛隊入隊を経て、国鉄(現JR)に就職。29歳だった1987年、国鉄が分割民営化されるのを機に、転職先に選んだのが気象庁だった。

 気象知識はほぼゼロの状態で、秋田地方気象台に配属された。先輩たちの背中を見ながら仕事を覚え、入庁10年目、山形地方気象台で予報業務を担う予報官になった。以来、東北各地の気象台で働いた。

 気象予報士の資格をとったのは50歳のころ。気象庁では気象予報士の資格がなくても予報官になれるが、民間の気象会社で予報業務をするには資格が必要だ。定年後を見据えて、受験を決意した。「気象の知識は十分だろう」と勉強せずに挑んだが、3回不合格に。本腰を入れて勉強し直し、4回目で合格した。

台風で死者9人 「防げた被害だった」

 気象庁職員時代の「最大の失点」と悔やむ出来事がある。盛岡地方気象台長だった2016年の夏、台風10号で岩手県岩泉町のグループホームの入所者9人が亡くなった。「あのとき町長に電話していたら」。自分が危機を直接伝えていれば、防げた被害だと思った。翌年、秋田の気象台長になると、着任早々に首長たちと電話番号を交換。緊急時にすぐ連絡できるホットラインをつくった。

 昨年末、秋田県内の放送局で初めて、独自の天気予報を行う許可を気象庁から得た。予報を出した本人がカメラの前に立って伝え、その結果は次の日に分かる。「あいつが外した、ともなるわけだから」。責任は重いが、「なぜこういう予報にしたのか、根拠についても説明できる。予報だけを売るのとは違う」と、やりがいも感じている。

 外に出て空模様を観察したり、肌で風を感じたりする時間が、予報には欠かせないと語る。「空気が湿っているから低気圧が入ってきてるな、とか、資料と体感が合っているか確認できる」という。

 昨季の秋田の冬は内陸南部で記録的豪雪となり、沿岸は暴風雪で停電や家屋に被害が出た。この冬は果たして……。経験と実感をもとに、降雪の予測と災害への備えを、分かりやすく伝える。

11月18日にオンライン記者サロン 「今年も豪雪?秋田から冬を語ろう!」

    ◇

 和田さん、天気コーナーでペアを組むアナウンサー、そして豪雪被害などを取材した朝日新聞秋田総局記者が出演するオンライン記者サロン「今年も豪雪?秋田から冬を語ろう!」を、11月18日午後8時から開きます。AABと連携し、ニューススタジオから生配信します。秋田にとどまらず、北日本の日本海側の今年の冬の見通しや冬の災害の特徴、備えを解説。ハタハタをはじめ郷愁を誘う冬の魅力も紹介します。詳しい内容や参加希望は専用ページ(https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11005934別ウインドウで開きます)から。ご参加をお待ちしています。(高橋杏璃)