気象台長からテレビのキャスターへ 五感で予報、変わらないこだわり

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 元秋田気象台長で気象キャスターの和田幸一郎さん(63)は、朝日新聞秋田県版のコラム「あきたを語ろう」を執筆しています。天気の見通し、予報の苦労ややりがい――。昨年5月の開始からこれまでに掲載されたコラムを紹介します。

1957年山形県生まれ。秋田県羽後町在住。陸上自衛隊、国鉄を経て87年に気象庁入庁。2017年には秋田地方気象台長に就任、現在は秋田朝日放送「トレタテ!」気象キャスター。

雲は空からのメッセージ

 青い空の下、黄色い可憐(かれん)な菜の花が一面に広がる季節。空には白い雲がぽっかり浮かんでいる。穏やかな初夏の風景の一つではあるが、自然は時として猛威を振るうことがある。

 近年では2018年5月に秋田県を襲った豪雨がある。この年は、5月とはいえ、秋田の日降水量が156ミリを観測するなど、年間を通しての観測史上第1位を記録したほか、各地で記録的な大雨となり、雄物川が氾濫(はんらん)したことは記憶に新しい。

 現在、日々の天気は、スーパーコンピューターが自動で予報を組み立て、人間が介在する余地が小さくなってきているが、雲を観ていれば、いろんなことが見えてくる。

 ふだんは雲の動きや高さを意識することはないだろうが、ちょっと空に目を向ければ、雲の動きから風向きが分かり、風向きから天気が悪くなるのか、良くなるのかが読み取れる。

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海水温を測る和田幸一郎さん=2021年2月、秋田市の下浜海水浴場

 天気予報などなかった大昔でも、人間は空を観て、体で天気を予測して、生活を守ってきた。雲は、見えない空気の流れを可視化して、空からのメッセージを私たちに伝え続けている。なのに、我々人間は、五感を鈍らせ、そのうちに正常化すると思い込んで、避難行動を怠ってしまう。その結果、未曽有の大災害を引き起こしている。

 天気予報は、テレビやスマートフォンで簡単に見聞きできる時代となったが、果たしてそれでよいのだろうか。「自らの命を自らが守る」という本来のあるべき姿が、他の動物にも劣る。そんな危うさが、現代人に感じられると言っても過言ではない。我々人間は、五感がさび付き、危機を伝える空からのメッセージを見逃していないだろうか。

 かつて現役予報官だったころは、できる限り外に出て、雲を見て、風を体で感じて、予報を出すことにこだわっていたが、その思いは今も変わりはない。

 明日の天気を考える時、常に空に声をかけ、雲を見つめて空からのメッセージを見逃さないよう心がけている。空模様も日々の天気図も、一日としてぴったり同じということはない。だからこそ、明日の天気がどうなるのか、雲は私たちに何を知らせようとしているのか、それが分かるまで、空を見上げてしまう。

 地球温暖化が叫ばれる中、まもなく大雨の季節が秋田にもやってくる。この穏やかな初夏のうち、周囲に目を配り、大雨への備えについて最終点検を行う時期に来ている。

 AAB「トレタテ!お天気」のキャスターとして、これまで以上に空に耳を傾け、空からのメッセージを県民のみなさんにしっかりとお伝えしていきたい。

 これまでは大丈夫だったから、では済まない。自分の命、大切な家族の命を守るためにも、いま一度、みんなで秋田の空からのメッセージに思いを寄せなければならないと思う。(20年5月17日掲載)

大雪への備え 温暖化でも

  「5秒前、4、3、2……」。カウントダウンとともに、赤いオンエアライトが点灯、「トレタテ!お天気」の本番が始まる。秒単位で進行する生放送の難しさと醍醐(だいご)味を体感する瞬間だ。

 AABの気象キャスターを引き受けて、2年目に入った。気象台定年退職し、テレビの世界に転進するには不安もあったが、もともとテレビ好きだった私にとって、せっかくの機会を無にする選択肢はなかった。

 生放送で失敗し、心が折れそうになった時、そこには優しく見守ってくれる仲間がいた。街で「いつも見てますよ」と声をかけられ、勇気づけられた。

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放送に向けて、さまざまな気象情報に目を通し、スタッフに説明する和田さん=2021年6月、AAB秋田朝日放送

 歩いて20分足らずの通勤は、仕事へスイッチする貴重な時間。草花に目を向け、空を仰いで風を感じ、天気を予測する。それが1日のスタートだ。

 秋は順調に深まり、そろそろ気になるのがこの冬の空模様。地球温暖化に加えて、ラニーニャ現象が発生している。天候不順が懸念されるサインである。

 赤道付近のペルー沖から中部太平洋にかけて、海水温が平年より低くなっている。この現象が発生すると、偏西風が日本付近で南に蛇行し、北から寒気が入りやすくなる。こうした現象は過去にもあった。2006年1月、秋田市などで記録的な大雪となり、交通が乱れるなど暮らしに深刻な影響を与えた。

 そこで、温暖化とラニーニャ現象がこの冬の秋田の天気にどう影響しそうか、具体的に考えてみよう。

 注目したいのは、日本海の海水温の上昇だ。日本海の海面水温は年々上昇し、その上昇率は、世界全体や北太平洋全体の海面水温の平均上昇率の約2~3倍にもなると言われている。特に、日本海中部の海面水温の上昇率は日本近海で最大、季節別では冬季の上昇率が、100年あたり2・3度と最も大きくなっている。

 実際に、秋田市の下浜海岸で海水温を測ってみると、10月に入っても21度(6日)と去年と比べて2度ほど高い。

 ここで注意したいのは、温暖化と言っても、雪がすべて雨に変わるほど暖かくなるわけではないということ。海水温が高いと、少しの寒気でも大気の状態が不安定となり、雪雲が発達しやすくなる。また、今年の秋田は、ラニーニャ現象により、上空の寒気が西回りで入ることが多くなりそうだ。こうなると、湿った重い雪を降らせる帯状雲が発生しやすくなる。

 つまり、秋田に近い日本海に小さな低気圧が発生し、風が弱く、しんしんと降る里雪型の大雪が増えるおそれがある。ふだん雪の少ない秋田市など沿岸では、大雪への備えが必要だ。まだ不確定な要素もあるが、昨冬のような「雪かきの少ない秋田の冬」は期待できそうもない。

 日々の気象情報は番組でお伝えしていくが、秋田の冬空については、次回もまた語りたい。(20年10月11日掲載)

大雪はいつまで続く? 日本海の海面水温がカギ

 もっさもっさと降り続く雪。まるで空の底が抜けてしまったかと思うくらい1週間以上降り続いた。昨年12月14日から21日にかけてのことだ。

 雪雲は、横手市湯沢市など県南部にかかり続け、家並みは雪に埋もれていった。横手市の最深積雪は21日に123センチを観測、気象庁アメダスとしてこの地点の雪の統計を取り始めた1979年以来、12月として観測史上1位の記録となった。

 筆者は前回の本稿で、この冬は暖冬から一転、いつもの秋田の冬になると予想した。しかし、予想をはるかに超える大雪となった。

 羽後町の自宅では、屋根に1メートルの雪が積もり、重みで障子戸が開かなくなった。危険を感じて、12月中に2回も雪下ろしをした。

 屋根に上ろうとしたが、命綱をかけるアンカーが雪に埋まっていててこずった。作業すること8時間、ヘロヘロになって屋根から下りた。秋田では、12月のうちの雪下ろしも珍しくはないが、積もった量と先の見えない不安が骨身にこたえた。

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秋田県羽後町で自宅の屋根の雪下ろしをする和田幸一郎さん=2021年1月、本人提供

 秋田の大雪は、過去をたどればいろいろあるが、大きな影響をもたらした「平成18(2006)年豪雪」が記憶に新しい。ふだん雪の少ない秋田市で雪が降り続き、記録的な大雪となった。

 当時の記録によると、初めて秋田市内で積雪50センチ以上を観測したのが05年12月22日。雪は断続的に降り続け、06年1月5日、最深積雪74センチを観測、なおも50センチ以上の積雪が同16日まで続いた。

 当時と今冬との違いをみると、今冬の場合、大雪となった地域は県南部が中心で、1月11日に横手市で最深積雪193センチを観測して、1位の記録を再び更新。除雪作業中の死亡事故が相次いだ。

 一方、秋田市では、1月9日午前11時、12時間降雪量が34センチを観測、史上1位の記録を更新。最深積雪は60センチとなった。また、今月2回にわたって暴風雪が吹き荒れ、停電やホワイトアウトにより社会生活に大きな影響が出た。ただし、降雪はすぐに納まり、50センチ以上の積雪は2日間にとどまっている。

 現段階の特徴として、今冬は県内陸南部を中心とした記録的で災害級の大雪となっている、といえよう。

 その原因は、偏西風の流れが日本付近で南下し、大陸から寒気が流れ込みやすい気象状況が続き、結果として雪雲が県南部に入り込んだためとみられる。偏西風が南に蛇行したのは、熱帯のラニーニャ現象が影響している。そして、日本海の海面水温が平年よりやや高めで推移しているため、雪雲が発達しやすくなっている。

 今後の雪はどうなるのか。そのカギは、日本海の海面水温が寒気にさらされ、いつ冷え切るか、が握っている。日本海の海水温は季節変化しており、まもなく年間で最も冷たい時期に入る。海水温が下がれば、多少の寒気が入ってきても雪雲の発達は小さくなる。

 はたして、雪はいつまで降り続くのか。近々、海水温を実測し、見極めたい。(21年1月24日掲載)

ハウスに冬の爪痕 「プール育苗」に挑む農家たち

 壁のように降り積もった雪と連日戦った冬から一転、季節は春、そして初夏へと移ろう。残雪はいつのまにか消え去り、あたり一面に菜の花が咲き誇る。

 農家は例年、この時期になると田植えに備え、種もみを発芽させ、ビニールハウスの中で育てる。秋田の5月は、寒暖の差が大きく、稲の苗を遅霜から守る必要があるからだ。育苗への適温を保つために、農業用ハウスの存在は大きい。

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地下水を利用したプール育苗の水温を測る和田さん=2021年5月1日、秋田県羽後町

 しかし、今年はいつもと事情が違う。県南部を中心に降った記録的な大雪により、ハウスが倒壊するなど農業施設に、これまでにない甚大な被害が発生した。被害の全容が見えないなか、「雪はいつ消えるのか」と農家から不安の声が上がっていた。

 幸いにも今年の春は暖かい日が続き、秋田の3月の平均気温は、6・5度と平年より2・9度高く、3月として観測史上1位の記録を更新した。

 雪解けが一気に進むにつれて、冬の爪痕があらわとなった。被害の規模は、想像をはるかに超えていた。ハウスの再建を断念した人もいる。

 こうしたなか、地元の羽後町などで目につくのが、ハウスに頼らず、露地で苗を育てる「プール育苗」に挑戦する農家だ。

 プール育苗は、木枠とビニールなどで簡易なプールをつくり、そこに育苗箱を並べて水をたたえた状態で苗を育てる技術だ。水が均等に行き渡るように設置する必要があるが、水を張ることで温度が一定に保たれることや、散水の必要もなく、効率的に作業ができる利点がある。

 プール育苗では水温が何度に保たれているのか。

 素朴な疑問が浮かび、町内の農家を訪ねて、測らせてもらった。結果は約20度、外気温より高かった。農家の方の話では、水温を安定させるため地下水を利用しているという。地下水が張られているので霜の影響のおそれは低くなる。

 とはいえ、ハウス内での育苗よりはリスクがある。遅霜のような気象現象には一段と気を遣う。露地では外気温に大きく左右されるからだ。

 最新の1カ月予報では、向こう1カ月の平均気温は、ほぼ平年並みとの予報が出ている。しかし、詳しく予想資料を分析してみると、5月の上旬は寒気の影響を受け、平年よりやや低い日もあると見ておいた方がよさそうだ。

 気象予報士は、天気の予測ができたとしても、農作物への被害をくい止めることはできない。私も農家の一員として再起を図る農家の思いに寄り添い、正確な気象情報をいち早くお伝えできるよう努めたい。

 そして何より、秋には黄金色の稲穂が一面に輝いてくれることを願っている。(21年5月2日掲載)

視聴者に向け独自の予報 現場で教わる有益な情報

 猛暑だった秋田の夏も、いつのまにか涼風が吹き、コオロギの音(ね)が「コロコロコロ」と優しく響く。月日の経つのは早いもので、私がAAB「トレタテ!気象キャスター」の仕事を始めて来月で2年になろうとしている。

 この仕事への転職は、気象台定年退職した後の61歳のときだった。予報官の経験はあってもしゃべりはど素人。気象台に勤めていた頃は、天気予報を出す側の立場だったが、テレビでは独自予報に加えて生放送で伝える役割。「皆さんに気象情報を伝える最後の出口に携わりたい」との思いが強まり、反対する家族にも何とか理解してもらった。

 出演する「トレタテ!お天気」では、月曜日から金曜日までの夕方、毎日6分ほどを担当している。

 私がいま大切にしているのが、朝の散歩や通勤の途中に空を見て、その日の気温や風を体で感じることだ。「今日の放送では何について話そうか。この天気なら、視聴者はどんな情報を必要としているだろうか」。そんなことを考えながら会社に出勤するのは午前10時ごろ。すぐに気象庁の予想天気図などを見て、独自の予報を考える。

 そして11時半過ぎには、当日のデスクにお天気ニュースの相方の村上晴香アナウンサーや登レイナアナウンサーも加わり、本番に向けた構成を話し合って原稿を書き始める。

 夕方に原稿ができあがっても、放送に使うVTRの確認作業などがあり、準備が整うのは生放送の直前。本番前の報道フロアは毎日ドタバタで、村上アナウンサーたちも直前まで自分で取材した別のVTRチェックに追われていることは珍しくない。

 気象台にいた頃に比べるとあわただしい毎日だが、実際に日々の天気を感じて、視聴者と肌感覚を合わせる。そのうえで「何が有益な情報なのか」と考える意識は、当時よりも強くなっているかもしれない。だから、休みの日や出勤前には県内各地に取材に出かけるようにしている。

 7月下旬には、以前取材でお世話になった方から、猛暑と水不足の影響でスイカの収穫が大幅に減少しているとの情報を得て、早速現地に出向いた。

 横手市雄物川町の農家では、スイカのつるが茶色く干からび、多くのスイカが日焼けしていた。みずみずしさを全く失ったスイカ、地中の温度を測ってみると48度もあった。話を伺うと被害は深刻で、今後の気温をとても気にされていた。もし今後の気温の推移が見通せれば、農家も対策を立てることができるはずだ。

 異常気象が頻発する中、必要とされていることは何か?タイミング良く正確に言葉で伝えることは容易ではないが、今回のように実際に自分の目で見て、現場の人と触れることから教わることは数多い。(21年8月29日掲載)