我々は今も水俣の中に いとうせいこうが問う惨禍と行政、そして文学

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聞き手・西正之
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 水俣病の公式確認から今年で65年。世界に惨禍を伝えた報道写真家ユージン・スミスを描いた映画「MINAMATA―ミナマタ―」が話題を呼んでいます。国内で水俣病の実態、問題点を広く世に伝える役割を果たしたのが、医師・原田正純さんの著書『水俣病』(岩波新書)です。今春、文字を大きく読みやすくする改版をし、新しい読者に届いています。いま、この本から何が読み取れるのか。水俣病の問題に関心を寄せてきた作家・クリエーターのいとうせいこうさんに聞きました。

――水俣病との関わりはいつからでしょうか。

 自分の問題としてきちんと向き合ったのは、実は2011年3月11日がきっかけです。福島の原発事故を公害として捉えよう。そのためにまず、『苦海浄土』をはじめ石牟礼道子さんの作品を読む動きが、不思議に友人の間で起きたんです。加害責任を逃れる企業があり、後ろに国家がある。この構図は水俣病と同じじゃないか、とみんな直感した。その水俣病の全体像を知ろうとする時、最適だったのが原田さんの『水俣病』でした。

 何年にどこでどういうことが起きたかを、非常に簡潔に描きながらも、漏れ出てしまう感情の強さがあり、医者として社会をどう見るべきか、医師というものが社会の中でどういう役割なのかという自問も後半始まっていて。原田さんの魂の叫びがこだましていました。これも一つの文学だと思うくらいに。

――出版から来年で半世紀を迎…

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