いま撮るなら「不要不急の寅次郎」 山田洋次監督・高崎卓馬さん対談

有料会員記事

構成・松本紗知
写真・図版
クリエイティブ・ディレクターの高崎卓馬さん(左)、映画監督の山田洋次さん(右)=いずれも角野貴之撮影
[PR]

 何日も、何枚も、画用紙を黒く塗りつぶす男の子。周囲が心配そうに見守るなか、出来上がったものとは――。「子供から、想像力を奪わないでください」というメッセージとともに20年前に放送され、カンヌ国際広告賞銀賞などを受賞したACジャパンのCMが、絵本になりました。CMを手がけ、絵本の文を担当した高崎卓馬さんが、旧知の間柄である山田洋次監督と対談。「小器用だった」という山田監督の子ども時代のエピソードや、コロナ禍に考えた「寅さん」のことなど、縦横無尽に語り合いました。

写真・図版
「まっくろ」(高崎卓馬作、黒井健絵、講談社)「みんなのこころにうかんだことをかいてみましょう」と先生に言われ、一心に画用紙を黒く塗りつぶし続ける男の子。ついに手をとめたときに、生まれたものは? CMに衝撃を受けた絵本作家の黒井健さんが絵本にしたいと高崎さんに声をかけ、試行錯誤の末、約20年の時を経て完成した

高崎 監督とは10年前に仕事でご一緒して、以来いろんなお話を聞かせていただいています。完成した絵本を、ぜひ監督にも読んでもらいたいと思い、今回お声がけしました。

山田 もともとのコマーシャルのアイデアは、どういうふうに浮かんだの?

高崎 もとのアイデアは、子どものころの体験からきています。小学校の授業でザリガニの絵を描くというのがあって。僕は画用紙と水槽のサイズが同じだと気がついて、そのまま原寸で写し取るように描いたんです。ザリガニは端っこに小さく隠れるように。

 そしたら先生に「みんなと同じように真ん中に大きく描きなさい」と言われて、修正させられたんです。それがなんだか悔しくて。

 帰って母親に言ったら、「そのままでいい」と怒りながら言ってくれたんです。それがとてもうれしかった。そのままでいいんだと思えたのは、なんだか大きかった。そのときの自分の気持ちを再現して伝えられたらと考えました。

 まずはジグソーパズルみたいなことを思いついて、1枚の絵で済まないものを子どもが作っていて、それが完成したときに何かになっているといいな、と。

 結構、ロジカルなんですよね。組み合わせて作るものがよくて、描いているときには何を描いているかわからないものがよくて、ということは真っ黒がよくて、真っ黒なものを並べて一番大きなものは……クジラだ、というふうに、順番に考えていきました。

山田 君のお母さんは偉い人だね。

高崎 人は人、自分は自分、というのが口癖でした。

ちょっと変人の教師、いっぱいいないと

山田 美術の先生というのは、子どもの学校教育のなかで、大変重要な位置を占めていると思うんだよ。

 (映画監督の)黒澤(明)さんの自叙伝に書いてあるんだけれど、子どものころ、学校に行くのが嫌で、成績も悪くて、彼に言わせると問題児だったみたいね。それが小学3年生の時、担任の先生が、彼が描くちょっと不思議な絵をすごく褒めてくれた。「とても面白いよ」って。それから急に、勉強が面白くなってきたって。

 絵の先生に導かれた子どもたちは世の中に多いんじゃないかな。あるいは、だめにされた子どもたちも。忌野清志郎の「ぼくの好きな先生」も、美術の先生だね。

高崎 そうですね。たばこの好きな。

山田 そう、たばこの匂いがする先生。そういう個性豊かなちょっと変人の教師が、いっぱいいなきゃいけないんだよ、学校ってね。

 美術の授業って、大事なんだ。いちばん大事なんじゃないかな、美術や音楽は。それが今、入学試験と関係ないから、きっと粗末にされてると思う。

へぇ、紺でいいんだ

高崎 監督は小さいころ、美術の授業は。

山田 僕、あんまり得手じゃなかったね。僕はわりにこう、小器用なんだ。器用な絵を描いていた。

 覚えているのは、小学校1年のとき、当時は戦争中だから、兵隊さんの絵を描くわけさ。馬に乗った、将校の絵をね。そういう絵を描いたら、そのときの先生が「この馬の脚は影をつけると立体的になるんだよ」って言って、僕が描いた茶色の馬に紺色できゅっと影を描いたのね。それがとても新鮮で。へぇ、茶色の馬の影だから、さらに濃い茶色と思っていたら、紺でいいんだ、と思って。

 僕は子どものころ転校ばかりしていたから、翌年、転校して次の学校に行って、紺色で影を描いたら、先生に褒められてね。

高崎 (笑)

山田 そのときに「まねしただけで俺は褒められてるんだなぁ」というかな。褒められておいて、自分で情けなかったね。俺のオリジナルじゃない、と。それ以来、絵の授業ってあんまり自信がなかった。

「明らかにジャズ」の予科練の歌

山田 中学1年のときも、まだ戦争だったんだけど、初めての音楽の時間に、音楽の先生というのが現れて。そのころの教師は、みんなカーキ色の、軍人みたいな服を着ていたんだけど、その先生は赤いネクタイを締めて、髪の毛はばさばさで、なんとなくふにゃふにゃしていた。

 で、「今日は初めての時間だから、好きな歌でも歌うか」と。「歌いたい歌、ないか?」と先生が言って、子どもたちが「予科練の歌!」って言ったら、先生が「あぁ」って顔をしかめた。

 かといって「そんな歌うたい…

この記事は有料会員記事です。残り5036文字有料会員になると続きをお読みいただけます。